長嶺さん、大丈夫ですか?
 そのまま颯爽と歩き去った俺は、角を曲がり駐車場に停めてあった社用車に乗り込んだ。


「……ハ」


 乾いた笑いが漏れた。


「どの口が言ってんだ」


 そう独り言ちて、シートにだらしなくもたれる。


 ……あの日、別れようって言葉が出たのはほとんど無意識だった。
 
 だって俺はそれ相応の覚悟で付き合いはじめたはずで
 その日だって、何があっても花樫理子を離さないって決めていた。
 
 理子ちゃんとならどんな障害も苦難も乗り越えられるって信じていた。
 彼女が俺のことを好きでいてくれる限り、何があっても幸せにしてやるって自信があった。
 その自信があんな簡単に折れてしまったのは
 いつも強気な彼女の、あんな姿を見てしまったからだった。


 『すみません……すみま、せ……っ』


 俺のせいだ。
 欲に溺れた俺の過去のせい。
 今さらどんなに誠実ぶって愛を囁いても消せない、バカみたいにだらしない過去のせい。
 俺が理子ちゃんを泣かせた。
 あの日だけじゃない。
 きっと不安が積もり積もって爆発したんだ。
 俺自身が、理子ちゃんの心をボロボロにしていったんだ。
 
 きっかけは麗華さんだったかもしれないけど、遅かれ早かれ同じことが起きていた気がする。
 俺が、こんなだから。
 そんな状態で遠距離恋愛なんて……彼女を苦しめるだけだと、わかりきっていた。


「やっぱ向いてなかったかなー……」


 俺の小さな独り言は、隣が空席の静かな車内に吸い込まれて、すぐ消えた。

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