長嶺さん、大丈夫ですか?





 ……次の瞬間。


 太一さんの体が、勢いよく横に引っ張られた。




「……!」




 ゼェゼェと、肩を大きく上下させるその人が、太一さんを雑に押しのけて私の前に立つ。

 
 
「……な」



 やっぱりここのモスコミュール、なにかいけない薬が入ってるのかもしれない。



「長嶺、さん……?」



 こんな都合よく会いたい人が現れるなんて、幻覚に決まってる。

 幻覚の長嶺さんは、息も絶え絶えな掠れ声で、まっすぐ私を見て言った。


 

「ごめん、やっぱ他の男に譲るの無理」




 言葉をなくす私に、長嶺さんは私の手からグラスを奪ってテーブルに置き、私の手首を引っ張って歩き出す。
 私の手首を掴む手は熱く汗ばんでいて、力強い。


「っ……、」


 こんな幻覚なら、一生覚めないで欲しいと思った。









< 262 / 284 >

この作品をシェア

pagetop