長嶺さん、大丈夫ですか?
……次の瞬間。
太一さんの体が、勢いよく横に引っ張られた。
「……!」
ゼェゼェと、肩を大きく上下させるその人が、太一さんを雑に押しのけて私の前に立つ。
「……な」
やっぱりここのモスコミュール、なにかいけない薬が入ってるのかもしれない。
「長嶺、さん……?」
こんな都合よく会いたい人が現れるなんて、幻覚に決まってる。
幻覚の長嶺さんは、息も絶え絶えな掠れ声で、まっすぐ私を見て言った。
「ごめん、やっぱ他の男に譲るの無理」
言葉をなくす私に、長嶺さんは私の手からグラスを奪ってテーブルに置き、私の手首を引っ張って歩き出す。
私の手首を掴む手は熱く汗ばんでいて、力強い。
「っ……、」
こんな幻覚なら、一生覚めないで欲しいと思った。