長嶺さん、大丈夫ですか?
「こっちおいで。花樫さん」


 長嶺さんは社長を無視して私を呼んだ。

 その声が思いのほか優しくて、ちょっと泣きそうになる。


「っ、はい」


 荷物を持って長嶺さんの元へ行くと、長嶺さんは私を自分の背中側に立たせた。


「……社長。 うちの大事な新人に、むやみに触られては困ります」

「ははっ、長嶺さん大袈裟だなぁ。 ただ握手してただけだよ。 ねぇ、花樫さん?」


 社長は長嶺さん越しに私に問う。


 もしここで私がセクハラされたと言えば、きっとこの大口契約をなかったことにされる。
 それはだめだ。 私みたいなまだなんの役にも立てない新人が、こんな大事な契約を潰していいはずがない。

 長嶺さんは顔を横にして視線だけ寄越し、私が何か言うのを待っている。


「……っ」
 

 〝そうです、ただ握手してただけです〟


 そう言うべきだってわかってる。

 でもすっとぼける社長の顔が目に入ると腹が立って悔しくて、その上さっきの感触を思い出して気持ち悪くなって泣きそうになる。

 会社のために。 会社のために……!

 そう自分を奮い立たせて、泣きそうな気持ちを飲み込むように息を吸った。


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