長嶺さん、大丈夫ですか?
 えっ、舌打ち?

 私は耳を疑った。
 だって長嶺さんがこんなあからさまにイライラするところなんて、見たことない。


「っあー残り少ない髪引きちぎってやればよかった」


 長嶺さんは窓の外に顔を向けていてその表情は見えず、右足を貧乏ゆすりしながらまた舌打ちを漏らした。

 信じられない。 長嶺さんはかなりの平和主義者のはずなのに。

 いつも誰かが怒ってたり険悪なムードになると真っ先に「まぁまぁ」って宥めに行く側の人なのに…!


「花樫さん、もしかして今までもなんかされたことあった?」


 長嶺さんは苛立ちを隠さない声で私に聞く。


「いや、大したことでは……」

「は? あったの!?」


 長嶺さんは貧乏ゆすりを止めて、目を丸くして私を見る。


「あっ、でも、握手されたり、肩に手を置かれたりとかちょっと距離が近いな、くらいで……」

「っ、なんで言わなかったんだよ!!」


 長嶺さんの強い声が車中を揺らした。

 初めて聞いた長嶺さんの怒声に、思わず体がビクッと跳ねる。

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