長嶺さん、大丈夫ですか?
「……っ、え……と……」


 言葉に詰まる私に長嶺さんがハッとする。


「いや……そっか、そうだよな。 立場的にも言えないよな」


 自分に言い聞かせるように言った長嶺さんは、ハー……とため息をつきながら額を押さえた。

 長嶺さんのこんな姿は、初めてだった。

 上司やお客さんからどんなに理不尽なことを言われようと、どんなに私がバカなミスをしようと、長嶺さんは一切取り乱すことはなかったのに。


「……すみません」


「…いや、花樫さんが謝ることじゃないよ。 大きい声出してごめん。 ……あー、ちょっと落ち着けるとこ行こうか」


 長嶺さんは軽く息を吐いてから車のエンジンをかけた。



< 32 / 284 >

この作品をシェア

pagetop