血の味のする恋を知る

◇◇◇



……………というのがこの世界の人ならば全員が子どもの頃から聞かされている話だ。魔の世界の住人は悪で我々は善の存在だと。そしてその悪を倒すことのできる大きなマナの器を持つ人間は素晴らしく、英雄なのだと。


世の中の人はそれを信じ、崇め、なんの罪悪感もなく器を持つ者を魔を討伐する部隊に差し出す。それが当然のことだというように。



「………………」



………身体が痛い。最近はそんなこともなかったけれど今日の魔物は強い個体だったから何度か攻撃を受けてしまった。体感だけど熱も出ていそう。まだ解熱の薬は残っていただろうか。


重い身体を引きずって家に帰ってもここにあるのは安堵ではなくただひたすらに憂鬱で面倒な家族とは名ばかりの存在と無関心と嫌悪の視線ばかりだ。


嫌だと思う心も、反発心も、悲しみも怒りも、怨みも、屈辱も、全ては擦り切れてしまった。残ったのは諦観と絶望ばかり。


のろのろと玄関をくぐり自分の部屋に行こうとすれば後ろから声をかけられた。振り返ればそこにいたのは兄と呼ばれる存在で、どうやらボロボロのわたしの姿を見るためにわざわざこちらに来たらしい。


浴びせられる罵倒も暴力も最早日常と化していて何も感じない。ただただ早く終わって欲しいと無抵抗のままでいればその顔が生意気だと殴られた。普段ならば耐えられたが疲れ切った身体には効いたらしく床に倒れ込むと頭を踏みつけられる。


堪らずに苦痛に顔を歪めると満足したのか何度か蹴られた後に兄は中に戻っていった。


兄の姿が見えなくなってから先ほどよりも痛む身体を慎重に動かしていく。動きたくないのは山々だが、このままここにいればまた他の誰かに見つかって難癖つけられるのは目に見えている。その前に部屋に引っ込まないとまた面倒が増える。



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