【完全版】俺様幼馴染の溺愛包囲網
 通い慣れた産院を移るのも、不安があった。

 でも、行き先は亮平のいる病院。それだけが救いだった。

 私の精神の拠り所。亮平が近くにいると思えば、耐えられる。そう思って救急車に乗り、搬送された。

「それから、藤田先生は小さな患者さんの前ではいつも通り。医局やナースステーションでは笑わなくなりました。感情も見せない。無駄な時間をなくして、少しでも長く奥様の病室にいようとしているのがわかりました。医局員全員で協力しましたよ」
「そうだったんだ……ありがとうね」
「当然のことです。
 でも、私はその時初めて患者さんの家族の姿を藤田先生に見たんです。家族を心配して、余裕をなくしていく姿。
 身近な人が笑顔を見せなくなるところを見るのは辛かった。同時に、そんな感情が私にあったんだと気づきました。
 破水が止まったと聞いて、そこから藤田先生の表情が少しずつ明るくなっていきました。
 本当は、見たことがあるはずなんです。患者さんのご家族は、いつもみなさん、藤田先生と同じ表情をしてたんですから。
 でも、その時までは、その表情の変化を気にすることもなかった。全然寄り添えてなかったんです。
 私は思いました。
 医者って、病気で苦しんでいる人や家族の事で笑顔をなくしている人を、笑顔にしてあげられる仕事なんだ。私は自覚もなくその仕事に就いていたんだ、って。
 今更の話ですけど、身近で藤田先生の姿を見てなかたら、そんな風に思うことは一生なかったかもしれない。感情のない医者を続けていたと思います」
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