離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 これは仕事なんだから。

 駄々をこねる自分の中の自分に言い聞かせて私はスマートフォンを取り出し、パスワードを解除するときにハッとした。

 パスワード見られていないよね。

 彼が私のスマートフォンの中身に興味があるとは思えない、ただこのパスワード自体を見られたくなかった。

 それは私と彼の結婚記念日。

 慣れたパスワードだからというのは言い訳で、その日は今でも私にとって大切な日だからだ。

 ただそれを離婚した夫に知られるのは、死ぬほど恥ずかしい。

 彼の様子をうかがったが、特に気にしていないようだ。私は心の中でホッと胸をなでおろして、彼に私の連絡先を登録してもらう。

「俺の番号は変わっていない」

 変えてないんだ……。

 別れたあと、私は彼と連絡を絶つために電話番号を変えた。でも彼はそのままだったみたいだ。

「すみません、私は存じ上げません」

 そう言うしかないだろう。

「わかった、一度鳴らしておく」

「よろしくお願いします」

 そう言い残して、私はすぐに社長室を出た。

 外に出ると同時に手にしていたスマートフォンが震えだし、画面に数字と【R】という文字が表示されている。

 それを見て胸が苦しくなった。息がつまって呼吸がうまくできない。

 電話番号は変えたものの、それにもかかわらずパスワードは結婚記念日だし、彼の連絡先を消せずに四年も経っている。

 色々な感情が入り混じり、目頭が熱くなる。

 こんなところで醜態は晒せない。私は急いでトイレに駆け込んだ。

 中に入ると洗面台のところでは、先ほど私を呼びに来た春香がリップを塗っていた。

 しかし私は足を止めることなく、小走りで個室に入る。

「鳴滝さん、そんなに急いでどうしたんですか?」

〝元夫と再会して、胸が痛くて泣き出しそうだ〟なんて口が裂けても言えない。

「ちょっと我慢してただけ」

「やだ、もう!」

 笑いながら春香が出ていったのが気配でわかった。

 私は痛む胸を押さえながら、深呼吸を繰り返す。幸いなんとか涙は我慢できた。メイクを直す必要はない。

 私は私の体をギュッと抱きしめる。四年前から悲しいことや苦しいことがあったとき、ずっとこうやって自分を守ってきた。

 だから大丈夫、彼はただの上司よ。

 無理があるのはわかっている。四年間一度も自分の中から出ていかなかった男を、上司として接するなんて。
 それでもやらなくちゃいけない。

 四年前、苦しい思いをして自分で決めて今までつらぬいてきたことだ。今の一時的な感情で台無しにしたくない。

 私は四年間の苦しみを思い出し、もう二度と同じ思いはしないと心に誓った。

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