離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 無難な回答ができたと思う。しかしお客様は納得しなかった。

「今俺が話をしたいのは、君なんだけど」

「いえ、あの……片付けがあるので」

 これ以上はどうやって断ったらいいのかわからずに戸惑っていると、急に腕を引っ張られた。

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。お客にそう言う態度をとるのか? この会社は」

 私の態度に、不満をあらわにした。先輩の担当の顧客を怒らせてしまった私はますますどうしていいのかわからずに焦ってしまう。

「そういうことじゃ――」

 どうしてわかってくれないのだろうか。

 周りにいたほかの同僚から距離があり、私の状況がわかっていないのだろう。

 このあとの仕事もあるのでみんな黙々と片付けをしている。

 どうしよう、どういたらいい?

 握られた手を振りほどくこともできない。社会人としての経験の浅さが出てしまう。

「お客様、どうかしましたか?」

 背後から声をかけられて、私は天の助けだといわんばかりに振り向いた。

 目の前の男性は、話しかけられた瞬間に私の手を離す。おそらく人の目を気にしてのことだろう。

 助けに入ってくれた人は、今日のセミナーで講師役を務めた小比賀(おびか)玲司さんだ。

 何度か一緒に仕事をしたことがある。うちのアナリストの中でもかなり将来を有望さえているのだと先輩に教えてもらった。

 それもそのはず確か年齢は私よりも三つ上の二十七歳のはず。

 この若さでアナリストになる人はそうそういない。

 それ加えて皆が振り向くほどの容姿を持つ彼を社内で知らない人はいない。

 その彼がその広い背中に私をそっとかばっている。

 それまで強気だった相手が、態度をころっと変えた。

「いえ、彼女と少し話があるだけなんです」

「そうなんですか。ご相談なら、私がお受けいたします。おそらくここにいる誰よりも有益な話ができますよ」

 それはそうだ。彼は今日の講師を務めるほどの人間なのだから。

 彼はほんの一瞬私のほうに視線を向けると、わずかに唇を上げた。その表情に心底ホッとした。

「いや、そこまでしてもらわなくても。本当に事務手続きみたいなことだから」

 慌てた男性は手を振って数歩あとずさった。

「そうおっしゃらないでください。なぁ、琴葉……じゃない鳴滝さん、すみませんお客様の前なのに普段の呼び方が出てしまいました」
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