離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 彼はあたかも気まずそうに笑って見せる。

 それよりもなぜ彼は私の名前を知っているのだろうか。

 数回仕事で一緒になったことはあるが、下の名前まで把握しているなんて。さすが仕事ができる人は記憶力もすごい。

「もしかしてふたりってそういう関係なの?」

 え、なんでそんな話になってしまったのだろうか。

 小比賀さんとは何度か話をしたことがあるくらいで、プライベートでの付き合いは皆無なのに。

 驚いた私が目を見開いた。彼が私の背中にそっと手を添えた。

 話を合わせるようにと言われているような気がして、戸惑いつつも彼に合わせる。

「そのあたりはご想像におまかせします。それよりもあちらでじっくりと話を聞きますので」

 彼がさした先には、セミオープンになっている相談スペースがある。

 人あたりのよい笑顔で、ぐいぐい話を持っていく。

 男性のお客様はうしろめたかったのか、だんだんと顔が引きつっていった。

「いや、今日はあまり時間がないんだった。それでは失礼します」

 そう言い残して、その場を去っていった。その逃げ足の速さに驚く。

 さっきまでは私の手を握って離さなかったのに。

「なんだ、せっかく話を聞こうと思っていたのに。なぁ?」

 肩をすくめて見せ、いたずらめいた表情を見せる彼に胸がドキッとした。

 いや、カッコいいからって目を奪われている場合じゃない。私は深々と頭を下げる。

「本当に助かりました。ありがとうございます」

 顔を上げると、小比賀さんは、身長差がある私の顔を覗き込んできた。

「大丈夫だった? 言い寄られていたみたいだから口出したんだけど」

「断っていたんですけど、なかなか納得してもらえなくて」

「ああいう輩は、お客様じゃないから。毅然な態度をとるべきだよ」

「はい。反省しています」

 入社して間もなく一年が経つ。もうそろそろ顧客対応もうまくならないといけないのに、こんなふうに助けてもらって情けない。

「いや、怒っているわけじゃないから。次からはちゃんと助けを求めてね」

「はい。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。私と付き合っているみたいに装っていただいて。彼女さんに申し訳ないです」

 私を助けるためだったとしても、彼女の立場だったら嫌に思うに違いない。

「そんなこと気にしなくていいのに。それに彼女いないしね、もしよかったらなる? 俺の彼女」

「え、なに?」
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