離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
「それに私は玲司が運転してくれるからいいや。ずっと玲司の助手席にいる」

「そっか、それもいいな」

 彼が私の頭を撫でようとして、手にしていた車のキーを落としてしまった。その衝撃で付けていたキーホルダーが取れて転がっていく。

 マンションのエントランスでころころと転がる。

 それを目で追っていくと、前に立っていた男性の革靴に当たって止まった。

 男性はだまったままそれを拾い上げた。

 すぐに玲司が男性のもとに向かい、差し出されたキーホルダーを受け取る。

「すみません、ありがとうございました」

 礼を告げてその場を去ろうとする。しかしその彼に目の前の男性が声をかけた。

「失礼ですが、小比賀玲司さんですか?」

「はい。そうですが」

 どうやら玲司は相手の顔に覚えがないらしく、少し不思議そうな顔をしていた。彼はセミナーなど人前で話しをすることも多いので、もしかしたら顧客のひとりかもしれないと私は思っていた。

 彼の一歩うしろで私も会話を聞く。

「突然すみません。私はこういうものです」

 名刺を受け取った玲司が相手の素性を口にする。

「北山グループの代表秘書さんが、どうしてここに?」

 日本でも三本の指に入るほどの大企業の代表の秘書?

 顧客の可能性は十分あり得るが、そうだとしてもなぜこのように自宅にまで彼を訪ねてきたのだろうか。

 もしかしてヘッドハンティングだろうか。のんきな私はそんなことを考えていた。

 しかし次の瞬間に聞いた言葉に耳をうたがう。

「あなたのお父様のことで話しがあります」

 間違いなくその秘書の男性はそう言ったのだ。

 しかし玲司は母子家庭で、父親が誰なのかも知らないと言っていた。それなのに急になにがあったのだろうか。

 突然の出来事に私たち夫婦はお互い胸をざわざわさせていた。



 そして私たちは急遽、彼の母親のところに向かった。

 北山代表の秘書だという男性から聞いた話を、玲司のお義母さんに確認をするためだ。

 時間は十九時。急な訪問にもかかわらず、お義母さんは笑顔で出迎えてくれた。

 しかしその笑顔は、玲司が先ほど聞いた話をするとすぐに消えてしまった。

 東京の郊外にある一軒家は、玲司が育った家だ。ここで母子ふたり肩を寄せ合って生きてきたと結婚の際に聞いた。

 お義母さんは私と玲司の結婚も心から喜んでくれ、私にもとても優しい人だ。
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