離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 しかしまったく気にも留めていない尾崎さんは、冷酷な表情でもうひとつ私に残酷な依頼をしてきた。

「それと玲司様に宛てた手紙を書いてほしいのです」

「手紙ですか」

 私は一瞬お別れの挨拶をさせてもらえるのかと思った。しかしそれは向こうの思惑とは違ったようだ。

「このままでは玲司様は離婚を受け入れないでしょう。あなたから一筆こちらに彼が離婚を受け入れられるように書いてください」

「書くってなにを……」

 私は先方がなにを望んでいるのか、わからずに尋ねる。

「下書きはこちらに準備してあります。これを参考に書いてください」

 手渡されたのは便箋とボールペン、一枚の紙に書かれた文章だった。そこには『玲司の介護をする一生は嫌だから離婚したい』という趣旨のことが書いてあった。

「私にこんなことまでさせるんですか!?」

 怒りに満ちた叫び声をあげた。今まで生きてきた中で感じたことのないような憤りだ。

「そうしていただかなければ、我々の目標が達成できませんので」

 なんでもないことのようにして言われた。彼らにとって私は取るに足らない存在なのだと示されているようなものだ。

 こんな扱いをされるいわれなどないと思う。けれどそうしなければ玲司が万全の治療を受けられない。

 涙を拭って歯を食いしばる。彼らの言う通りにするしか方法がないのだ。

 これが私のできる最良の方法。

 離婚届が愛の証だなんて、こんなひどいことあるだろうか。

 目の前の現実を受け止めることすらできない。それでも私はペンを持ち、離婚届にサインをし、続いて言われた通りの手紙を書く。

 悔しくてやるせないけれど、これが自分が玲司にしてあげられる最後のことだ、それがたとえ自分の本心ではないとしても、なにもできない自分でいるよりはましだろう。

 そう自分に言い訳する。

 玲司はまたきっと輝かしい未来に歩いていく。その隣にはいられないけれど彼の将来が守れるならそれでいいではないか。

 苦しくてつらい、胸が張り裂けそうだ。自分に嘘をつくことがこんなに自分を傷つけるなんて今まで思っていなかった。

 最後は……〝愛してる〟の代わりに〝さようなら〟とつづった。

 私は便箋を丁寧に折って、封筒に入れる。封をしようとしたところで、尾崎さんにとめられた。

「こちらで内容を確認しますので、そのままで」
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