離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
「そんなことしなくても、ちゃんと書きましたから」

 最後の最後まで信用されていないのだと思い知る。

 それでも玲司のためなのだから、ぐっと歯を食いしばって尾崎さんに封をしていない手紙を渡した。

 彼はさっと目を通し「結構でしょう」と無表情で告げ、慇懃無礼そのものの態度で私に出ていくように促した。

 ばたんと扉が閉じ、廊下に出た瞬間、体の力が抜けた。その場に倒れ込みそうになるのをなんとか耐えて、無心で足を動かした。

 人間にある帰巣本能もすてたもんじゃない。気がつけば私は自宅マンションの扉の内側で立っていた。

 靴も脱がずにただそこに立っていた。

 意識が戻ったような戻ってないないような不思議な感覚のまま室内に進む。人感センサーで灯りがついただけなのに、ハッとして玲司の姿をさがしてしまった。

 馬鹿みたい……もう彼はここには戻ってこないのに。

 あらためて〝離婚〟という事実が私に重くのしかかる。たしかにここにあったはずの幸せが、消えてなくなってしまった。

 あるのは彼との思い出だけ。ふと部屋を見渡すと、彼の幻みたいなのがあちこちに見えた。

 そんなはずなどないのに……。わかっていてもその幻像さえも愛おしく思う。チェストの上には車のキーと壊れたキーホルダーが置かれていて、そこかしこに彼の損害がある。

「玲司、玲司」

 ふらふらと歩きながら、寝室に向かいベッドに倒れ込む。大きく息を吸い込んだけれど、玲司の匂いがどんどん感じられなくなっていく。

 私の中の玲司も、玲司の中の私も、こうやってなくなっちゃうのかな。

 ギュッと胸が締めつけられた。息をするのさえ苦しい。あとどれだけ苦しめば私は普通の生活が送れるようになるのだろうか。

 これまでは彼に元気な姿を見せたいと、無理に睡眠も食事もとってきた。しかしもう彼に会えないのだから、それすら必要な
いのではと思ってしまう。

「玲司」

 彼のためだと自分に納得させる。けれど心はずっと悲鳴をあげ続けていた。

 夫婦という唯一で強いつながりが絶たれた今、私はもう彼の特別な存在ではなくなってしまった。

 私にとって、玲司がすべてだったんだな。

 あらためてなにもなくなった空っぽの自分と向き合う。悲しいのに涙すら出ない。じっと天井を見つめてただただ時間がすぎ
ていく、そんな日を数日過ごした。

 そして……それから三週間後。

 私と玲司の離婚が成立したと、北山の担当弁護士さんから書面が届いた。

「これで、本当に終わったんだ」

 そのときの私は、身も心もぼろぼろで、住んでいたマンションやそのほかのことをお義母さんに託して彼の気配のないところへ、逃げ出した。
< 34 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop