離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
「それは――」

 暗に彼を避けているのを指摘されたような気がして気まずい。これまでの自分の行動を顧みるとそう言われても仕方がない。

 食事会や接待などでは同席するが、プライベートの誘いはコーヒー一杯でも断っている。そこまでかたくなに断る必要はないとは自分でも思うけれど、そこをあやふやにしてしまうと、ずるずると引きずられてしまいそうだ。

 だって仕事をしているだけでも、すごく楽しいんだもの。

 彼と過ごす時間は、たとえ仕事中だとしても時間があっという間に過ぎる。私の伝えたいことも、彼の言いたいこともお互いすぐに理解できる。ほかの誰ともこんなに通じ合うことがない。

 だからこそ、適切な距離を保つために気は抜けないのだ。

 言い訳できずに、そのまま黙り込んでしまった。彼にこの理由を説明するわけにはいかない。

 そんな気まずい雰囲気が流れるかと思った矢先、君塚が騒がしく向こうから歩いてきた。

「琴葉~飯いくで。ほらこないだ約束してたやろ。吉峰のスペシャル海鮮丼」

「そうだった、やったー。ちょうどお腹がすいていたところなんだよね」

 時計を確認すると、ちょうどランチの時間だ。昼休憩も各自が自由にとるので、少し早めだが問題ない。吉峰という定食屋は
会社から近いのだが、オフィス街にあるので昼は混雑する。それを見越して少し早めに誘いに来たみたいだ。

 仕事もちょうど落ち着いていたので、財布とスマートフォンを持ち立ち上がる。

「お昼行ってきます」

 早くしろと焦らせる君塚に続いてフロアを出た。

「暑いっ。日傘持ってくればよかった」

 強烈な日差しに照らされて、じりじりと肌が焼けるようだ。

「そんなんすぐそこやから、じゃまくさいやろ」

 君塚らしい言い方に笑ってしまった。こういう単純なところに救われる機会も多い。見かけははきはきしているように見えるらしい私だが、実はうじうじ色々と悩んでしまう。

 そんなとき時々羨ましくなってしまうのだ。

「ほら、言うてる間に着いた」

 すぐそこには店が見えている。

「こら琴葉ぐずぐずすな。急げ」

 小走りになった君塚に必死になってついていく。この気を遣わない感じが一緒にいて心地よい。

 暖簾をくぐると「いらっしゃいませ~」という元気な声が聞こえてきた。

「おばちゃん、スペシャル海鮮丼ふたつな」

「はいよ~」
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