離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
 店に入るなり注文まですませた。せっかちの君塚らしい。

 席に座ると、冷たいお茶とおしぼりが運ばれてきた。

 ほんの数メートル歩いただけなのに、冷たいお茶がすごくおいしい。

「連れてくるの遅くなって、悪かったな」

「ううん。最近君塚も忙しそうだもんね。あ、契約おめでとう」

 成約したときにも伝えたが、もう一度ねぎらっておく。

 私も社長補佐をするようになってバタバタしていたが、君塚も似たような感じだった。前社長は自ら営業もこなし自分の担当顧客を持っていた。しかし玲司は他社の会社との掛け持ちなのでライエッセでは社長業に専念している。

 だからもともとの中野社長の顧客を、まるまる君塚が引き継いだのだ。そう件数が多くなくても中野社長と直接やりとりをしていた人たちだ。同じくらいの仕事を求められて大変だろう。

「まぁ、やりがいはあるけどな。また仕事がおもろくなってきたところ」

 君塚は逆境に強い。困難なときほど笑っているタイプだ。

 そうこうしていると、目の前に海鮮丼が置かれた。その日の店主の気分で内容が変わるのだが、いつ来てもやりすぎ感が否めない。毎日数量限定のスペシャル海鮮丼にありつけてありがたい。

「いただきます」

 手を合わせてさっそくほおばる。ぷりぷりのカツオの刺身は、この時季のぜいたくだ。

 そのほかもすごくおいしい。かなりの量だけれど私は夢中になって食べた。

「北山社長とずいぶん仲良いみたいやな」

「えっ……ごほっ、ごほっ」

 いきなり驚く質問をぶつけられて、むせてしまった。急いでお茶を飲んで事なきをえる。

「そんなことないよ。ほらわりと誰にでもフレンドリーじゃない?」

「まぁ、そうだよな」

「君塚から見て、新しい社長はどう?」

 彼も私と同じ時期に就職して、中野社長の仕事を近くで見て兄のように慕っていた。

「北山のおぼっちゃんやと思てたのに、めちゃくちゃ仕事ができて驚いてる。知識量も半端ないし、そもそも一度見たり聞いたりしたことは覚えてしまうみたいやな。おそろし」

 わざとおちゃらけて怖がって見せているが、その言い方から尊敬が伝わってきた。

「君塚が人を褒めるってめずらしいね」

 彼はいつも〝俺が一番だ〟って言っているタイプだ。

「イケメンで仕事もできるなんて、久々に俺のライバル登場って感じやな」

 相変わらずな言い方に笑ってしまう。
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