離婚したはずが、辣腕御曹司は揺るぎない愛でもう一度娶る
「姉さんの字だ――え、どうして……こんな、こ、と」
 
尾崎さんが強く握りしめすぎて、紙がクシャッと音を立てた。目で内容を追っていた尾崎さんの目から涙があふれる。

「君の姉さんは本当にできた女だった。だから自分の死期を悟ったそのときに、儂にそんな手紙をよこしたんだよ。恵子と成人した息子の居場所を」

 私は驚いて目を見開いた。玲司の存在を知らせたのが亡くなった奥様だったなんて。隣にいる玲司も同じく驚いたようだ。

「私たちの間に跡取りができなかったことを、最後まで気にしていたんだな。玲司を北山の家に迎えるように言ったのは妻だよ」

 私は奥様の気持ちを考えると、胸が苦しくなった。最後どんな思いで玲司のことを会長に伝えたのだろうか。

「儂も悩んだ。だが血をわけた自分の子に会ってみたいという気持ちにあらがえなかった。だが妻の弟の君からすれば、裏切りに見えるだろうな。すまなかった」

 まさか四年前の出来事の発端が、会長の奥様からの遺言にあっただなんて。

「でもこれだけは信じてほしい。妻と結婚している間は彼女だけと向き合ってきた。それだけは胸を張って言える」

 会長は尾崎さんに断言している。

「そんな……姉さん。どうして」

「妻はそれだけ儂を思ってくれていたんだろうな。それなのに儂は結局誰も幸せにはできなかったんだかな」

 後悔のにじむ顔で悲しそうに笑っている。

 なんとも後味の悪い話だった。みんなが誰かを思っているのに、うまくいかずに犠牲が生まれてしまった。

「玲司、琴葉さん。君たちは儂がまいた種でつらい思いばかりさせてしまったな。こころから詫びる。北山の名を名乗るのがいやならやめてもいい。ふたりは自由に生きるべきだ。儂のように後悔するような人生を送ってほしくない」

 最後の言葉の重みに私たちも静かにうなずくしかなかった。

 帰りの車の中ではお互い話をしなかった。ただ私は今日聞いた真実を受け止め消化するだけの時間が必要だった。

 静かな車内から外の景色を眺めていると、よく知った場所を走っているのに気がつく。

「ここって……マンションの近くじゃない?」

「あぁ、少し話をしないか?」

「うん、かまわないけど」

 もとより今日は一日時間を取ってあるので、話をするのは問題ない。彼も今日はじめて知った話もあって気持ちの整理を落ち着く場所でしたいのだろう。

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