転生姫は国の外に嫁ぎたい〜だって花の国は花粉症には厳しすぎるのよ〜【WEB版】


 ああ、やっちまったなぁ……と、入学から一週間も経てば遠い目でベンチに座ったまま空を見上げることも慣れてきた。
 侍女のコキアとハゼランが「姫様、そろそろニグム様とのお約束のお時間では?」と言われて、重い腰を上げる。
 
「なにがご不満なのですか? 南国の大国フラーシュ王国は、姫様が希望していた嫁ぎ先ではありませんか。しかも、指先へのキスまで」
「そうですわ。花真(かしん)王国としてもこれほどのご縁、国王陛下もお喜びになられることでしょう。ご婚約についてのお話をなさってもいいのでは?」
「いやいや、さすがにフラーシュ王国の王太子殿下は……」
 
 私がニグム様――というか、王太子殿下を避けたい理由はただ一つ。
 
「フラーシュ王国の王族は、ハーレムが基本でしょう?」
「「あ」」
 
 それは、まあ……という曖昧な同意。
 ほらー、二人だって思うところがあるんじゃん~~~!
 
「しかし一国の王女として、そこは割り切って結婚なさるのではないですか?」
「それはそうなのだけれど……ちょっと話が急すぎて心がまだ割り切れていないというか」
 
 前世の記憶があるとはいえ、前世から彼氏いない歴=年齢なのよ!?
 いきなりハーレム要員なんてつらすぎるって!
 せめてもう少しニグム様のことを知って、彼がどういう人間なのかを理解した上でちゃんと覚悟ができて……その上で割り切って婚約の話を持ちかけたいのよ!
 フラーシュ王国の貴族なら重婚は許されていないから、王族じゃなくて伯爵家以上の貴族だったら即決だったんだけどなぁ。
 
「ニグム様、お待たせいたしました」
 
 フラーシュ語に切り替えて、声をかける。
 彼がいたのは図書館だ。
 他にも数人の生徒はいるけれど、留学生は私たちしかいない。
 
「ユーフィア姫は?」
「あ、今日は王宮に呼び出されています」
「はあ、ようやくまともに勉強ができるのか」
 
 本を肩に載せて、深々と溜息を吐くニグム様。
 ユーフィアね。
 私がニグム様と知り合った途端、私とニグム様を絶対に二人きりにしないためにずっとつき纏ってきていたのよね。
 ニグム様は中央語の勉強を私にせがんできていたのだが、ユーフィアが私とニグム様の間に座るのでまあ捗らない。
 それ以外でも廊下や教室で話しかけてくるニグム様から私を庇うように間に立つ。
 周囲はその様子になんともいえない表情。
 小国の姫の私を、大国の姫のユーフィアと南の大国フラーシュ王国王太子が取り合うかのような光景。
 サービール王国の貴族は、特に困惑が大きい。
 
「では中央語の勉強をいたしましょうか」
「よろしく頼む」
 
 ノートを取り出し、中央語の本を開き私が本を読み聞かせながらニグム様が本の内容を書き写していく。
 読めないぐらい歪んだ単語は私が書いて、見本にさせる。
 ぺら、ぺら、という紙をめくる音の心地よさ。
 それに、こんなに近くにいるのにドキドキしないくらい集中して勉強している。
 楽しいな。
 
「フィエラシーラ様、ニグム様、そろそろ帰寮時間でございます」
「え?」
「ああ、もうそんな時間か」
 
 コキアの声で顔を上げると、ハゼランに懐中時計を見せられる。
 本当だ、もう五時。
 門限は六時だけれど、寮までの徒歩時間と自室でゆっくりする時間もほしいし……そろそろ帰った方がいいわよね。
 
「送ろう」
「え、あ……は、はい。では、あの……お願いいたします」
 
 ここで断るのは、後ろの侍女たちの圧が、ねえ。
 それに、結婚を考えるともっとちゃんとニグム様のことを知っていかなければ。
 手を差し出されたので、その手に手を乗せる。
 椅子から立ち上がると、ニグム様の肩にフラーシュ様が現れた。
 
「フラーシュ様、お姿が見えないので今日はいらっしゃらないのかと思いました」
『寝てた~。勉強頑張ってたみたいやな!』
「はい。すごく集中して、楽しかったです」
『あはは! 勉強が楽しとか変わってんなぁ!』
 
 改めて、なんで関西弁なのだろう。
 フラーシュ王国は南だろうに、なんで……。
 
「では行こう」
「はい」
 
 ああ、でもよかった。
 フラーシュ様の明るい声のおかげで居心地の悪さが和らいだ。
 ニグム様って結構、その、無口というか、言葉が足りないというか、喋るのがそんなに好きではないみたいなのよね。
 質問は一言、三言で終わってしまう。
 なので、ユーフィアがいるいないにかかわらず、いまいち人間性が読めないのよね。
 
「――君は」
「へ!? は、はい?」
「なぜこれほど言語能力に長けている? こう言ってはなんだが、その……花真(かしん)王国は、それほど他国と交流しているイメージが……」
「あ、ああ! そうですね!」
 
 私の祖国は小国だ。
 守護獣は龍種だが、まだ幼いらしい。
 それなのに私が東西南北と中央語までマスターしているのが意外なんだろう。
 交流するのは隣国サービール王国くらいなんだろう、っていう話だ。
 そう思うのは無理もない。
 
「実は私、ひどいアレルギー体質でして」
「あれるぎー?」
「はい。アレルギーというのは、本来なら無害であるはずの抗原に対する免疫反応が、過度に反応してしまうことで引き起こされる疾患のことです。人の目に映らないくらいとてもとっっっっても小さな物質が体の中に入ると、それに対して体が過剰防衛していまい、くしゃみや鼻水や涙、蕁麻疹や熱など体に多種多様な不調が出てしまうので勉強どころか日常生活もまともに送れなくなってしまいました」
 
 普通の人にはわかりづらいんですけれどね、と困った顔で笑う。
 コキアとハゼランはすぐ近くで私の酷いアレルギー症状を見てきたので、日常生活が送れなかったのは知っている。
 
「アレルギーは……私の祖国は花や木々が多く、私の体質に合わなかったのです。家族と離れてこのサービール王国に来て初めてまともに息が吸えました。これから春になると、この国にある木々の花粉でまた体調が悪くなるのですが……今はまだその時期ではないので」
「つまり、特殊体質、ということか?」
「そうですね。そんな感じです。だからアレルギーの発症が少なそうな南の方に嫁げればと思ったのですが……まさかニグム様が王太子殿下だと思わず……」
 
 はっ!
 思わず口を覆う。
 気づくと校門のロータリーにたどり着いていた。
 ニグム様のところの馬車が待ち構えており、御者が扉を開けてニグム様が手を差し出してくる。
 う、うおう。
 
「存じ上げなかったことは申し訳ございません」
「なぜ? 異国の王子のことなど知らないのが普通だろう。俺も君のことは知らなかった」
「そ、そう言っていただけると助かります。一国の王女として、他国の王侯貴族についての勉強はまったく足りておらず――」
「その分言語学に長けているではないか。それに、君にそんなことを言われてしまうと俺の立場がない」
 
 あ、う、お。
 あ、相変わらずネガティブ……。
 
「つまり、フラーシュ王国に嫁いでくるのは吝かではないと」
「あ、まあ、はい」
 
 目を泳がせながら、半笑いで答えると、馬車の中の言い知れぬ気まずい沈黙。


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