その恋は解釈違いにつき、お断りします〜推しの王子が私に求婚!? 貴方にはもっと相応しいお方がいます!〜
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「あら、マルセル」
フローレアは、部屋で刺繍をしていた。大抵の男性は応接間に通されるが、幼い頃から兄弟のように過ごしてきたマルセルは当然のように彼女の部屋に通されてしまう。
「フローレアに渡したくて」
「ああ、隣町に用があったんですってね……まあ、綺麗」
小さな包みを受け取り、中をそっと開くと、美しい刺繍糸が入っていた。ちょうど、最近フローレアが刺繍に凝っていると話していたからだろう。
「ちょうどスズランの葉の糸が欲しかったの……どれもしっくりこなくて。この色ぴったりじゃない。ねえ、マルセル?」
「喜んでもらえて嬉しいよ……スズランか」
彼女はうっとりと、未完成の花を眺めている。
「ええ、一番最初に縫い上げるのは、ヴァーレイ家の紋章って決めていたのよ」
彼女は恍惚の表情を浮かべている。彼女は道に咲いているスズランを見ても同じような顔をする。
スズランはヴァーレイ家の象徴、言うなればスズランは彼の"概念"であるというのだ。マルセルには到底理解できないことではあるが。
「相変わらずだな」
「これが上手く出来たら、もう一枚普段使い用と、シャロンにも何か作ってみようと思っているの。……でもあの子器用だから、私みたいな不器用が作ったものじゃ嫌がるかしら」
どう、とマルセルに広げて見せる。正直な感想を言わないと怒られるので真剣に粗を探してみるが、今回は成功しているようだった。
「……上手に出来ているんじゃないか?」
「よく見てよ、花の大きさが均等じゃない」
言われてみると、確かに花の大きさはまちまちだ。というか、自分で分かっているのなら聞くなよ、と思ってしまう。
「本物のスズランだって、まちまちの大きさだろ」
一応励まそうと言葉を選んだが、彼女はもう聞いていない。
「それより、スペンス王子のベッドで寝ていたそうね」
ーーああ、やっぱり。
マルセルは露骨に溜息を吐いた。
「何よ、その表情」
「だって……」
「ええ、私の秘密の日記にしっかりと記したわよ」
彼女はスペンスとマルセルのほっこりエピソードを聞いては、日記に記しているようだ。
日記は二種類あるらしい。
一冊は、万が一誰かに見られても大丈夫なもの。もう一冊は絶対に誰にも見られてはいけない日記で、鍵付きの引き出しに隠してあるという。
マルセルは一度、見ても大丈夫な日記を見せてもらったことがある。"表日記"と呼ばれるその日記には、二人のエピソードの詳細が書かれていた。
若干彼女の妄想も入っているが、彼女曰く「全て実際の出来事だから見られても大丈夫」だという。
それじゃあ、"裏日記"にはどんなことが書いてあるんだ? と聞くと、彼女は妖しく笑って「絶対に教えない」と言った。
あまりにも恐ろしくてそれ以上は追求できなかった。
例え表日記だとしても、マルセル以外に見られてしまうのは抵抗があるらしい。
当のマルセルも誰かに見られてしまうのは恥ずかしいので、厳重に保管するように何度も言っている。
「フローレア、絶対にその日記を他人に見せるんじゃないぞ」
「もちろんよ、マルセルは特別……それより、そのお泊まりの夜の話を聞かせてよ」
"彼女は本当に聞き上手だ、そして可憐だ"
無邪気な顔で、子供みたいに話の続きをねだる。確かに可憐だ。
彼女が秘密の"表日記"を開いた。ページを開くと、スペンス王子とマルセル、そしてフローレアの三人で撮った写真が挟まっている。
「……スペンス王子ったら、本当に美しいわ」
「ああ、本当に」
それは心から同意する。その言葉に、またフローレアが妖しく笑った。
「マルセルも素敵よ。でもスペンス王子曰く貴方は"可愛い"そうだけど」
こんな火種を落としていくなんて。彼は無邪気に冗談を言ったつもりなのだろう。
知らないところでこんなに彼女の心を潤わせていることなんて、知る由もない。
フローレアは、部屋で刺繍をしていた。大抵の男性は応接間に通されるが、幼い頃から兄弟のように過ごしてきたマルセルは当然のように彼女の部屋に通されてしまう。
「フローレアに渡したくて」
「ああ、隣町に用があったんですってね……まあ、綺麗」
小さな包みを受け取り、中をそっと開くと、美しい刺繍糸が入っていた。ちょうど、最近フローレアが刺繍に凝っていると話していたからだろう。
「ちょうどスズランの葉の糸が欲しかったの……どれもしっくりこなくて。この色ぴったりじゃない。ねえ、マルセル?」
「喜んでもらえて嬉しいよ……スズランか」
彼女はうっとりと、未完成の花を眺めている。
「ええ、一番最初に縫い上げるのは、ヴァーレイ家の紋章って決めていたのよ」
彼女は恍惚の表情を浮かべている。彼女は道に咲いているスズランを見ても同じような顔をする。
スズランはヴァーレイ家の象徴、言うなればスズランは彼の"概念"であるというのだ。マルセルには到底理解できないことではあるが。
「相変わらずだな」
「これが上手く出来たら、もう一枚普段使い用と、シャロンにも何か作ってみようと思っているの。……でもあの子器用だから、私みたいな不器用が作ったものじゃ嫌がるかしら」
どう、とマルセルに広げて見せる。正直な感想を言わないと怒られるので真剣に粗を探してみるが、今回は成功しているようだった。
「……上手に出来ているんじゃないか?」
「よく見てよ、花の大きさが均等じゃない」
言われてみると、確かに花の大きさはまちまちだ。というか、自分で分かっているのなら聞くなよ、と思ってしまう。
「本物のスズランだって、まちまちの大きさだろ」
一応励まそうと言葉を選んだが、彼女はもう聞いていない。
「それより、スペンス王子のベッドで寝ていたそうね」
ーーああ、やっぱり。
マルセルは露骨に溜息を吐いた。
「何よ、その表情」
「だって……」
「ええ、私の秘密の日記にしっかりと記したわよ」
彼女はスペンスとマルセルのほっこりエピソードを聞いては、日記に記しているようだ。
日記は二種類あるらしい。
一冊は、万が一誰かに見られても大丈夫なもの。もう一冊は絶対に誰にも見られてはいけない日記で、鍵付きの引き出しに隠してあるという。
マルセルは一度、見ても大丈夫な日記を見せてもらったことがある。"表日記"と呼ばれるその日記には、二人のエピソードの詳細が書かれていた。
若干彼女の妄想も入っているが、彼女曰く「全て実際の出来事だから見られても大丈夫」だという。
それじゃあ、"裏日記"にはどんなことが書いてあるんだ? と聞くと、彼女は妖しく笑って「絶対に教えない」と言った。
あまりにも恐ろしくてそれ以上は追求できなかった。
例え表日記だとしても、マルセル以外に見られてしまうのは抵抗があるらしい。
当のマルセルも誰かに見られてしまうのは恥ずかしいので、厳重に保管するように何度も言っている。
「フローレア、絶対にその日記を他人に見せるんじゃないぞ」
「もちろんよ、マルセルは特別……それより、そのお泊まりの夜の話を聞かせてよ」
"彼女は本当に聞き上手だ、そして可憐だ"
無邪気な顔で、子供みたいに話の続きをねだる。確かに可憐だ。
彼女が秘密の"表日記"を開いた。ページを開くと、スペンス王子とマルセル、そしてフローレアの三人で撮った写真が挟まっている。
「……スペンス王子ったら、本当に美しいわ」
「ああ、本当に」
それは心から同意する。その言葉に、またフローレアが妖しく笑った。
「マルセルも素敵よ。でもスペンス王子曰く貴方は"可愛い"そうだけど」
こんな火種を落としていくなんて。彼は無邪気に冗談を言ったつもりなのだろう。
知らないところでこんなに彼女の心を潤わせていることなんて、知る由もない。