その恋は解釈違いにつき、お断りします〜推しの王子が私に求婚!? 貴方にはもっと相応しいお方がいます!〜
7.決心
『とりあえず、好意を持っていることをさりげなく伝えたほうがいいと思う』
マルセルの助言はもっともだ。いきなり求婚して驚かせてしまったり、困らせてしまうのは避けたい。
何より長年築いてきた友情が揺らいでしまうのも嫌だった。
「フローレアはいるかな?」
侍女のドリーに訊ねると、彼女は人懐っこい顔で笑って答えた。
「お嬢様なら今お庭に出ています。すぐに戻ってくると思うので、ここでお待ちください」
応接間の広いソファに腰掛ける。今日会う約束をしていたからだろうか、彼女はここでスペンスを待っていてくれたようだった。作りかけの刺繍布が置いてある。
ーーよく見たら、これはスズランではないか。
そういえば、フローレアがヴァーレイ家の紋章を縫っていると、マルセルが話していた。
「これが私の……"概念"?」
「スペンス王子、お待たせしてごめんなさい」
息を切らして、フローレアはにっこりと笑った。彼女が部屋に入ると、空気までもがパッと花が咲いたように明るくなる。
「大丈夫だよ、慌てなくても良かったのに。早速だけど、これをシャロンから預かっているんだ。もっと早く渡そうと思っていたんだが……」
遅くなってすまない、そう言ってシャロンから預かっていた帽子の飾りを手渡す。フローレアは慈しむように受け取ると、大きな目を輝かせて嬉しそうに笑った。
「嬉しい、シャロンは本当に天才ね。新しい帽子に早速付けてみる。待ってね、今取ってくる」
よほど気に入ってくれたのだろう。シャロンに聞かせたら喜ぶに違いない。
無邪気な笑顔と軽やかな足取りで二階に向かうフローレアを見て、無事に忘れずに渡せたことに安堵して、スペンスはほっと胸を撫で下ろした。安心感から、深くソファに腰掛けると、何やら固いものが腰に当たった。
「……?」
それは皮の手帳のようなものだった。誰かの忘れ物だろうか。拾い上げた瞬間に、ひらひらと一枚の古い写真が滑り落ちた。
「スペンス王子、どうかしら……なぜそれをっ!?」
大きな帽子を被りながらご機嫌に降りてきたフローレアは、スペンスの手に持っていた手帳を見るなり、鬼の形相で駆け寄ってきた。
「すまない……落ちていたんだ」
「中を見てしまったかしら……?」
「いいや、断じて中は見ていない」
紳士たるもの、他人の手帳をこっそり見たりはしない。
「それなら良かった。ごめんなさい、気を悪くしないでね、これ日記なの。忘れてしまったのね、恥ずかしいわ」
ーー表日記の方で良かった。フローレアは心の底から安堵した。
スペンスが勝手に他人の手帳を盗み見るような人物ではないと分かってはいるけれど、もう一冊の"裏日記"の方を忘れていて、もしも万が一、うっかり中を見られてしまったら……。
ーーその場で自害するより他はないわね。
「いいんだ。大丈夫、見てないよ。でもこれが落ちてしまった……懐かしいな」
スペンスが手に持っていたのは、スペンスとマルセル、そしてフローレアと三人で撮った写真だった。
「……私の宝物よ」
彼女の暖かい声に、スペンスは胸が熱くなった。
「私にとっても宝物だ。ねえ、フローレア」
「なあに、スペンス王子」
フローレアが思うより、私だってずっと大切に思っている。あどけない表情で見つめ返す彼女が堪らなく愛おしい。
「もしも私が君に求婚したら、君は受けてくれるだろうか?」
彼女は照れたように俯いて、頬を染めていた。
「もしも……? 嬉しいわ、この上ない幸せよ……でもね」
歯切れの悪い彼女の返事に、嫌な予感がした。
「それは解釈違いだわ。どうしたの? そんな冗談を言うなんて」
マルセルの助言はもっともだ。いきなり求婚して驚かせてしまったり、困らせてしまうのは避けたい。
何より長年築いてきた友情が揺らいでしまうのも嫌だった。
「フローレアはいるかな?」
侍女のドリーに訊ねると、彼女は人懐っこい顔で笑って答えた。
「お嬢様なら今お庭に出ています。すぐに戻ってくると思うので、ここでお待ちください」
応接間の広いソファに腰掛ける。今日会う約束をしていたからだろうか、彼女はここでスペンスを待っていてくれたようだった。作りかけの刺繍布が置いてある。
ーーよく見たら、これはスズランではないか。
そういえば、フローレアがヴァーレイ家の紋章を縫っていると、マルセルが話していた。
「これが私の……"概念"?」
「スペンス王子、お待たせしてごめんなさい」
息を切らして、フローレアはにっこりと笑った。彼女が部屋に入ると、空気までもがパッと花が咲いたように明るくなる。
「大丈夫だよ、慌てなくても良かったのに。早速だけど、これをシャロンから預かっているんだ。もっと早く渡そうと思っていたんだが……」
遅くなってすまない、そう言ってシャロンから預かっていた帽子の飾りを手渡す。フローレアは慈しむように受け取ると、大きな目を輝かせて嬉しそうに笑った。
「嬉しい、シャロンは本当に天才ね。新しい帽子に早速付けてみる。待ってね、今取ってくる」
よほど気に入ってくれたのだろう。シャロンに聞かせたら喜ぶに違いない。
無邪気な笑顔と軽やかな足取りで二階に向かうフローレアを見て、無事に忘れずに渡せたことに安堵して、スペンスはほっと胸を撫で下ろした。安心感から、深くソファに腰掛けると、何やら固いものが腰に当たった。
「……?」
それは皮の手帳のようなものだった。誰かの忘れ物だろうか。拾い上げた瞬間に、ひらひらと一枚の古い写真が滑り落ちた。
「スペンス王子、どうかしら……なぜそれをっ!?」
大きな帽子を被りながらご機嫌に降りてきたフローレアは、スペンスの手に持っていた手帳を見るなり、鬼の形相で駆け寄ってきた。
「すまない……落ちていたんだ」
「中を見てしまったかしら……?」
「いいや、断じて中は見ていない」
紳士たるもの、他人の手帳をこっそり見たりはしない。
「それなら良かった。ごめんなさい、気を悪くしないでね、これ日記なの。忘れてしまったのね、恥ずかしいわ」
ーー表日記の方で良かった。フローレアは心の底から安堵した。
スペンスが勝手に他人の手帳を盗み見るような人物ではないと分かってはいるけれど、もう一冊の"裏日記"の方を忘れていて、もしも万が一、うっかり中を見られてしまったら……。
ーーその場で自害するより他はないわね。
「いいんだ。大丈夫、見てないよ。でもこれが落ちてしまった……懐かしいな」
スペンスが手に持っていたのは、スペンスとマルセル、そしてフローレアと三人で撮った写真だった。
「……私の宝物よ」
彼女の暖かい声に、スペンスは胸が熱くなった。
「私にとっても宝物だ。ねえ、フローレア」
「なあに、スペンス王子」
フローレアが思うより、私だってずっと大切に思っている。あどけない表情で見つめ返す彼女が堪らなく愛おしい。
「もしも私が君に求婚したら、君は受けてくれるだろうか?」
彼女は照れたように俯いて、頬を染めていた。
「もしも……? 嬉しいわ、この上ない幸せよ……でもね」
歯切れの悪い彼女の返事に、嫌な予感がした。
「それは解釈違いだわ。どうしたの? そんな冗談を言うなんて」