王子の「妹」である私は弟にしか見えないと言ったのに、王女として正装した途端に求婚するなんてあんまりです〜まさか別人だと思ってる!?〜
9.帰る場所
「嬉しいわ、でも……私は貴方が思っているような女性ではないの。ごめんなさい、アーサー」
「シャロン……」
俯くシャロンの頬に、アーサーがそっと触れようとした瞬間だった。
「シャロン」
声の主を振り返ると、そこにはマルセルの姿があった。息を切らして、厳しい表情をしている。
「マルセルさん、どうしてここに……?」
「スペンス王子から聞いたんだ」
手短に告げると、マルセルはシャロンの腕を掴んだ。
「そろそろ時間なので失礼する。行くぞ、シャロン」
ちらっと時計を見ると、兄が迎えを出すと言っていた時間よりずっと早い。現れたのがマルセルでなかったら抗議していたかもしれない。
半ば強引に腕を引かれて、挨拶もままならないままマルセルはシャロンを舞踏室から連れ出してしまった。
「……痛いですわ、マルセルさん」
「ああ、すまない」
マルセルは慌てたように腕を離した。賑やかな舞踏室と比べると、広間はしんと静まりかえっていてひんやりとしていた。
「……シャロンは、ああいう男がいいのか?」
「 突然何を言い出すのですか……?」
マルセルはむくれたような表情をしている。
「心配だったんだ」
「もう子どもじゃありません」
「そうじゃない……君を誰にも奪われたくないと思ったんだ」
鋭い眼差しとかち合う。ここまで真剣な表情をしているマルセルを見たことがない。
「スペンスとシャロンのことは、ずっと家族だと思っていた。俺が守るんだ、とね」
マルセルはシャロンの細い方に手を置いて、ぽつりぽつりと語り出した。
「大人になるに連れて、君はどんどん美しくなっていった。手が届かないほど。でも俺の前では伸び伸びとしているように見えた」
嬉しかったよ、とマルセルはふっと笑った。
「シャロンの落ち着ける場所でありたかった。これから先、君を幸せにしてくれるような男性が現れたら、俺は二人の幸せを全力で守るって本気で思ってたんだ」
私は夢を見ているのかしら、シャロンはマルセルの瞳から目が離せなくなっていた。
「スペンス王子から今晩のことを聞いて、いてもたってもいられなかった。スペンス王子に言われたんだ。"お前を幸せにしてくれるのは誰だ"って」
夢なら覚めなければいい。
「俺を幸せにしてくれるのは君だ、シャロン」
「……あの晩餐会の夜、傷付きましたわ」
「あれは本当に申し訳ない。君があまりにも美しかったから……そんなのは理由にならないな。酔っていたからと言って軽はずみな発言もしてしまった。許して欲しい」
「私だと気付いていなかったのでしょう?」
「ああ、そっくりな人だとは思っていた。あの晩は、少しやけになっていたんだよ」
ーーシャロンもそろそろ結婚相手を考えても良い頃じゃないか?
あの夜、マルセルはオーウェンがスペンスに耳打ちするのを偶然聞いてしまった。
「もういいのよ……、実は嬉しかった。でもそれよりもっと……悲しかったわ。普段の私は"弟"扱いなのに、正装した途端に求婚されるなんて」
マルセルはシャロンの額にそっとキスをした。
「普段の私も、貴方に変わらず愛されたいの」
「愛してるよ」
「本当かしら」
「そうじゃなきゃ、この山道を馬車で飛ばしてきたりしない」
「マルセルさん……」
二人の視線が重なる。シャロンは目を閉じて、その瞬間を待った。
「そういうのは、もっと隠れてしてくれよ。お二人さん」
オーウェンはワイングラスを片手に壁の隅にもたれながら、にやにやと笑っていた。