最強騎士様は素直じゃないけど、どうやら私は溺愛されているようです

2.手紙

「アベラ姉さん、二度目のパンが焼き上がったわ」

 ベイカー家は小さな町で代々続くパン屋だ。両親が作ったパンを姉と二人で売っている。昔馴染みの客も多く、店はそれなりに繁盛していた。

 アベラは計算が早く、新しいパンを考えるのも得意だ。

 コレットはおっちょこちょいだが優しい性格で、彼女と話をしたくて来る客も多い。

 コレットが話し相手になり、アベラが言葉巧みに新しいパンを客に勧める。ベイカー家のパン屋は今日も忙しかった。

「コレット、このパンにジャムは入れたかしら?」

 アベルは訝しげに焼き上がったパンを見た。

「ええ、もちろん……やだ、入れ忘れてたわ。ごめんなさい」

「そういうこともあるわ、気付いて良かった。それよりコレット、貴方大丈夫なの?」

「大丈夫よ、どうして?」

 慌ててパンにジャムを入れながら、アベラはコレットの顔を覗き込んだ。

「この間から少し変よ」

 この前、というのは決闘を見た日のことだ。

「貴方には少し刺激が強かったかしら……」

 私は結構楽しかったんだけどね、とアベラは何でもないようだ。

「怖かったけど、平気よ。そうじゃなくて私……、リアム様のファンになってしまったのよ」

「ああ、あんなことされたら好きになってしまうわ」

 アベラはレジ前に大切そうに飾られた一輪の薔薇を見て頷いた。

「どんな方なのかしら……またお会いしたいわ」

「ええ、本当に。家にパンでも買いに来ないかしら」

 アベラは祈るように胸の前で手を組んでいる。ベルが鳴って、店の扉がゆっくり開いた。

「コレット・ベイカー様にお手紙です」

 郵便屋の少年がにこやかに告げた。

「……私に?」

 差し出された手紙は、エンボス加工が施された上質な封筒に入っていた。

「ええ、コレット・ベイカー様に」

 では、と小さくお辞儀をすると、若い郵便屋は颯爽と出て行った。

「少し裏で休憩してきたら?」

 アベラは気を利かせてコレットを休ませてくれた。

 店の裏に出ると、風に乗って潮の香りがする。コレットの家からは見えないが、すぐ近くに海岸があるからだ。

 空が青くて清々しい。どうせ誰も見ていないのだから、とコレットはその場で大きく伸びをした。

「随分と豪快なんだな」

 はっと振り返ると、身なりの良い青年が立っていた。美しいブロンドの髪を丁寧に撫で付けている。エメラルド色の瞳がコレットを見つめていた。

「……恥ずかしいところを見られてしまったわね」
 
「コレット・ベイカー、その手紙を読んでくれたかな?」

 青年はにこりともせずに言った。

「いいえ、まだよ。貴方が差出人の……」

「ああ、アトウッドだ。君に結婚を申し込みたい」
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