最強騎士様は素直じゃないけど、どうやら私は溺愛されているようです

3.憧れ

「……ああ、もしかしたら姉とのアベラとお間違いなのかもしれませんわ」

 姉のアベラは字の読み書きだけでなく、計算も早い。美人で明るくて、働き者の彼女を妻にしたいと思う男性は多い。

 今はパン屋の仕事が楽しいから、とやんわり断っているようだが。

「いいや、間違えてなどいない。コレット・ベイカー、君に言っている」

 結婚を申し込みに来たとは思えないほど、男はにこりともせずに不遜な態度だ。

「……まあ」

 何だか怒っているようだった。顔立ちは整っているのに、眉間によせた皺で台無しだ。笑ったらきっと素敵な美男子だろうに。背もすらっと高くて、体格もいい。見たところ上流階級の人間だ。誰と間違えてるのだろうか。

「何か不満か?」

「いえ、そう言うわけでは……」

「じゃあ何だ、言ってみろ」

「その……、突然のことに驚いています」

 正直に打ち明けると、男の表情が僅かに和らいだ。

「そうか、他に想っている相手がいるのかと……」

 想っている相手、そう言われると彼のことを思い出して頬が熱くなる。

 あれは、ただのサービスで誰にでもやっていること。薔薇には何の意味も無い。

 そう言い聞かせても、胸がときめいてしまう。

「なんだ、そういった相手がいるのか?」

 男はまたすっと不機嫌そうな表情に戻った。

「そうではありません。……ただこちらが勝手に憧れているだけで」

 コレットは慌てて言葉を付け足した。

「……恋なんてそうやってはじまるものだろう」

 男は真面目腐った顔をして、不機嫌そうに腕を組んだ。

「私は君を諦めない……その羨ましい男の名前を聞いてもいいかな」

「……騎士のリアム様です。先日、薔薇の花を一輪くださったの。簡単な女でしょう」

 騎士、リアム、と聞けば大抵の人物は、なるほどあの人かとわかるものらしい。

 今まで気にも留めていなかったが、彼の噂はパン屋に来ている女の子たちにも届いている。

 手の届かない存在に憧れを抱いているのだ。

 男はコレットの前にすっと膝をついた。

「……これは申し遅れました。私はリアム・アトウッド。改めて、君に結婚を申し込みたい」

「まさか、ご冗談でしょう……? 」

 彼は上着のポケットから、すっとハンカチを差し出した。それはしっかりとアイロン掛けされたコレットのハンカチだった。

「突然のことで驚いたかもしれないが、私の気持ちは変わらない。君に私という人間をもっと知ってもらうまで、返事はいくらでも待つ」

 コレットの手の甲に優しく口付けた。エメラルド色の瞳、そういえばリアム様もエメラルド色の瞳だった。

「それじゃあ、コレット。また来る」

 リアムはそう言うと、満足そうににっこりと笑った。
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