理想の女ではないから婚約破棄したいと言っていたのは貴方の方でしたよね?
13.騒動
部屋の中はいくつもの薔薇の香りがしていた。もっとも生花ではない。彼女が取り寄せた香水を片っ端から部屋に撒いたからだった。
「この色は嫌、もう少し明るい色のはないの?」
新作だと謳われたドレスを胸の前に当てると、ティナは気に入らなそうに放り投げた。
「こちらはどうでしょう」
踵に大きなリボンがあしらわれている。黒色のハイヒールを差し出される。
「少し前に彼が贈ってくれたわ。これの赤い色」
「いいえ、こちらは黒色しか作っていません」
男は驚いたような顔をして、ティナと靴を交互に見ている。
ーー私が勘違いしているとでも思っているの?
朝から虫の居所が悪いティナは、カッとなって言い返そうとした。
「……そんなはずは、」
ない。と言い掛けて、近くの商人が大きなハート型のダイヤのネックレスを持っていることに気付いた。
「そのネックレス、貰うわ」
声を掛けられた若い商人はビクッと体を震わせた。緊張感に耐えられないのだろう。顔が強張っている。
「……かしこまりました。あの、どちらに……?」
商人が震える声で訊ねた。ティナは苛立ったように、振り返る。
「さっきから言ってるでしょう、そこのテーブルの上に……あら」
ここにきてようやくティナは満足そうに笑った。テーブルの上にはこれ以上ないほどのドレスや宝石、化粧品などが積み上がっている。これ以上はもう積み重ねることが出来ない。
ティナは静かに立ち上がって、ネックレスを受け取った。
「今日は十分満足よ、みんなありがとう。支払いはエリオット・リドリーがするわ。それじゃあね」
商人たちは緊張感からやっと解放されたと、ぞろぞろと屋敷を出て行った。
「ティナ! これは何の騒ぎだ?」
顔面蒼白のエリオットが乱暴に扉を開ける。ティナは涼しい顔で紅茶を啜っていた。
「あら、しっかりお休みできたのかしら? 」
「……そのネックレスはなんだ?」
さっき購入したばかりのハートのネックレスを目敏く見つけたエリオットが詰問すると、ティナは悪びれた風でもなく、可愛いでしょう、と言った。買い物で怒りを発散したティナは上機嫌だった。
「何を考えてるんだ、勝手にこんなことをして……!」
「こんなの、大したことではでしょう。貴方がいつも贈ってくださるものに比べたら宝石だってずっと小さいのだから。可愛い物じゃないの」
ティナは暗にこの程度で済ませてやったことを感謝してほしいと言っているのだ。
薔薇の香りが充満する部屋を見渡すと、見覚えのないもので溢れ返っていた。
「こんな……今すぐ返してきなさい」
「貴方、そんなみっともないことができるというの!?」
エリオットは深く溜息を吐いた。
ーー今日はどうしたと言うのだ。
妻の様子はあからさまに変だし、昼を過ぎても帰って来ない。何やら騒がしいと思ったら、ティナがこの有り様だ。
「この部屋から出て行ってくれ……」
「何ですって?」
「出て行け、と言っている。今すぐ出て行かないのなら、屋敷から追い出すからな!」
ティナはようやく事の重大さを理解したようだった。ぎゅっとスカートを摘むと、何も言わずに飛び出すように部屋を出て行った。
「この色は嫌、もう少し明るい色のはないの?」
新作だと謳われたドレスを胸の前に当てると、ティナは気に入らなそうに放り投げた。
「こちらはどうでしょう」
踵に大きなリボンがあしらわれている。黒色のハイヒールを差し出される。
「少し前に彼が贈ってくれたわ。これの赤い色」
「いいえ、こちらは黒色しか作っていません」
男は驚いたような顔をして、ティナと靴を交互に見ている。
ーー私が勘違いしているとでも思っているの?
朝から虫の居所が悪いティナは、カッとなって言い返そうとした。
「……そんなはずは、」
ない。と言い掛けて、近くの商人が大きなハート型のダイヤのネックレスを持っていることに気付いた。
「そのネックレス、貰うわ」
声を掛けられた若い商人はビクッと体を震わせた。緊張感に耐えられないのだろう。顔が強張っている。
「……かしこまりました。あの、どちらに……?」
商人が震える声で訊ねた。ティナは苛立ったように、振り返る。
「さっきから言ってるでしょう、そこのテーブルの上に……あら」
ここにきてようやくティナは満足そうに笑った。テーブルの上にはこれ以上ないほどのドレスや宝石、化粧品などが積み上がっている。これ以上はもう積み重ねることが出来ない。
ティナは静かに立ち上がって、ネックレスを受け取った。
「今日は十分満足よ、みんなありがとう。支払いはエリオット・リドリーがするわ。それじゃあね」
商人たちは緊張感からやっと解放されたと、ぞろぞろと屋敷を出て行った。
「ティナ! これは何の騒ぎだ?」
顔面蒼白のエリオットが乱暴に扉を開ける。ティナは涼しい顔で紅茶を啜っていた。
「あら、しっかりお休みできたのかしら? 」
「……そのネックレスはなんだ?」
さっき購入したばかりのハートのネックレスを目敏く見つけたエリオットが詰問すると、ティナは悪びれた風でもなく、可愛いでしょう、と言った。買い物で怒りを発散したティナは上機嫌だった。
「何を考えてるんだ、勝手にこんなことをして……!」
「こんなの、大したことではでしょう。貴方がいつも贈ってくださるものに比べたら宝石だってずっと小さいのだから。可愛い物じゃないの」
ティナは暗にこの程度で済ませてやったことを感謝してほしいと言っているのだ。
薔薇の香りが充満する部屋を見渡すと、見覚えのないもので溢れ返っていた。
「こんな……今すぐ返してきなさい」
「貴方、そんなみっともないことができるというの!?」
エリオットは深く溜息を吐いた。
ーー今日はどうしたと言うのだ。
妻の様子はあからさまに変だし、昼を過ぎても帰って来ない。何やら騒がしいと思ったら、ティナがこの有り様だ。
「この部屋から出て行ってくれ……」
「何ですって?」
「出て行け、と言っている。今すぐ出て行かないのなら、屋敷から追い出すからな!」
ティナはようやく事の重大さを理解したようだった。ぎゅっとスカートを摘むと、何も言わずに飛び出すように部屋を出て行った。