理想の女ではないから婚約破棄したいと言っていたのは貴方の方でしたよね?

3.準備

ーードレスはあまり華やかでない方がいい。

 そんな注意を受けたのは生まれて初めてだった。

 クローゼットからとっておきのドレスを数枚選んで手に取っていたリーゼは、一瞬言葉の意味がわからなかった。ドレスは華やかに目立ってこそ、である。

「どうして?」

 若干不服そうに異議を申し立てると、母は呆れたように笑った。

「ガーデンパーティーには、領民も招かれるわ。あまり派手だと、金遣いの荒い女だと思われてしまう」

 母の目はいつになく真剣だった。そうと決まればこの縁談を必ず物にしたいと思っているのだろう。母はガーデンパーティーの為にドレスも小物も既に万全に用意していたようだった。

 用意されたのは、今までの舞踏会に着ていたような煌びやかなものではなく、淡い水色で繊細なレースがあしらわれた肌の露出の少ないドレスだった。生地は上等だが、少々華やかさに欠ける。

「自らの生活を脅かすかもしれない女なんて歓迎しない」

「……わかったわ」

 いつもは赤や黄色の鮮やかなドレスを着ているせいか、見慣れない淡い色のドレスを纏った自分は急に大人びて見えた。

「よくお似合いですよ、リーゼ様」

 侍女のペリがにっこりと笑った。ペリはリーゼより十歳ほど年上でオレンジ色の髪をした可愛らしい女性だ。

「大丈夫よ、貴方は綺麗。本当に美しい人は着飾らなくても、美しいものよ。いつも通り、にっこり笑っていればいいの」

 ドレスと同じ色のリボンを髪に巻く。ダークブラウンの髪に良く似合っていた。

 鏡の中で、母が優しく笑った。ここ何日かの間はお互いにずっとピリピリとしていたから、こうして穏やかに話をするのは久しぶりだった。

「……貴方が本当に幸せになれる人と結婚してほしい」

 家のことを考えたら、リドリー公爵の元へ嫁ぐのが最も安泰だ。

 これまでに熱心に求婚した男性たちも、リーゼの気のない素振りに早々に見切りをつけて、他の女性と結婚したりしている。

 行き遅れだけは何とも回避しなければいけない。既に他の令嬢の母親からは噂されているのを知っている。


ーー選り好みをしていると行き遅れるわよ。 

 
 彼女たちは値踏みするように、大きな扇で口元を覆って冷笑を浮かべている。

 別に選り好みをしている訳ではない。ただ正解が分からないのだ。早々に片付いていった従姉妹のシンシアは、余裕たっぷりに笑ってリーゼにこう助言した。


『その時が来たらわかるわ』
 

 なんとも曖昧で不確かなその助言は、より一層リーゼを悩ませることになった。
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