理想の女ではないから婚約破棄したいと言っていたのは貴方の方でしたよね?
5.大勢の人
パーティーは盛大に始まった。少し離れていた間に、庭に大勢の人が集まっている。一緒に来ていた侍女のペリはいつの間にか、リドリー家の使用人に混じって飲み物を運んでいた。
「はじめまして、ソフィアと申します。なんてお美しい方なの」
小さな子どもを連れた夫人が、華やいだ声で挨拶をする。
「紹介するよ、私の婚約者のリーゼ。レーヴ国の出身なんだ」
「エリオット……」
困ったようにエリオットを見る。まだ正式に返事をした訳ではない。リーゼの心は既に決まっていたようなものだった。
「ごめん、気が早かったな」
悪戯っぽく笑うと、グラスを片手に別のテーブルに呼ばれてしまった。
「さすが、レーヴ国のドレスは洗練されていますわね。生地が違うもの」
ソフィア夫人が繁々とリーゼのドレスを見て言った。子どもたちは慣れているようで、少し離れたところでボール遊びをしている。領主と領民の距離感が近いというのにも感心した。
「ありがとう」
母の助言は確かだった。いつも通りの煌びやかなドレスで着ていたらきっと浮いていたに違いない。それでも見る人が見たら、こんな風に生地の違いに気づいてくれる。
プティット国の女性たちは親しみやすかった。レーヴ国ではこうもいかない。新顔はパーティーに馴染むまで冷たい視線を浴びせられるものだ。
「このクッキー美味しいわ」
「じゃあきっとレーヴ国から取り寄せたんでしょう」
「ねえ、リーゼは紅茶好き? レモネードの方がいいかしら?」
女性が集まればたちまち騒がしくなる。
「おやおや、もうこんなに仲良くなっているのか。私が心配するまでもなかったね」
エリオットが親しげにリーゼの肩を抱く。女性たちは彼に恭しく挨拶をして、リーゼに目配せをした。
陽が落ちかけている。リーゼは少しだけ寂しくなった。楽しい時間もあっと言う間だ。
「……君をこのまま帰したくない」
胸の内を見透かすように、エリオットが切なそうに顔を歪めた。
「……返事は待つと言ったのに、ごめん」
エリオットは俯いたまま、ぽつりと小さく呟くように言った。
「君のご両親には話してあるんだ。君さえ良ければ……私の妻になってほしい」
出掛けに母が深刻な表情をしていたのはこの所為だったのか、と納得する。
リーゼの心は既に決まっていたも同然だった。返事を待たせることはない。
「ええ、喜んで。お受け致します」
その時が来たらわかるわ、と言った従姉妹のシンシアの声を思い出した。
きっとこの瞬間のことを言うのね。
今までどんなにロマンチックに口説かれても、心が揺れることはなかった。
「嬉しいよ、リーゼ」
出会ったばかりで結婚を決めてしまうなんて、無鉄砲にも程がある。少し考えたら分かるはずなのに、リーゼはすっかりのぼせ上がっていた。
薬指に嵌めた指輪の紋章をそっと指でなぞる。
「エリオット様」
遠くで彼を呼ぶ声がする。
「君の気が変わらないうちにさっそく準備をはじめよう……少し待っていて」
エリオットは愛おしそうにリーゼの髪に触れた。真っ直ぐな瞳に目が逸らせなくなる。彼は名残惜しそうに、従者の元へ歩いて行った。
大きくて立派な城、どこまでも続く緑と薔薇。
リーゼはふわふわとした浮き立つ気持ちでいた。その所為で気がつかなかった。遠くで遊んでいる子どもたちのボールが跳ね返り、こちらに飛んでくることに。
平謝りする母親と、泣きそうな表情の子どもに、どうか気にしないで欲しいと言うと、リーゼは広がってしまった紅茶の染みを何とかしてもらおうと、侍女のペリを探すことにした。
こんなところで、幸せが崩れ去ることも知らずに。
「はじめまして、ソフィアと申します。なんてお美しい方なの」
小さな子どもを連れた夫人が、華やいだ声で挨拶をする。
「紹介するよ、私の婚約者のリーゼ。レーヴ国の出身なんだ」
「エリオット……」
困ったようにエリオットを見る。まだ正式に返事をした訳ではない。リーゼの心は既に決まっていたようなものだった。
「ごめん、気が早かったな」
悪戯っぽく笑うと、グラスを片手に別のテーブルに呼ばれてしまった。
「さすが、レーヴ国のドレスは洗練されていますわね。生地が違うもの」
ソフィア夫人が繁々とリーゼのドレスを見て言った。子どもたちは慣れているようで、少し離れたところでボール遊びをしている。領主と領民の距離感が近いというのにも感心した。
「ありがとう」
母の助言は確かだった。いつも通りの煌びやかなドレスで着ていたらきっと浮いていたに違いない。それでも見る人が見たら、こんな風に生地の違いに気づいてくれる。
プティット国の女性たちは親しみやすかった。レーヴ国ではこうもいかない。新顔はパーティーに馴染むまで冷たい視線を浴びせられるものだ。
「このクッキー美味しいわ」
「じゃあきっとレーヴ国から取り寄せたんでしょう」
「ねえ、リーゼは紅茶好き? レモネードの方がいいかしら?」
女性が集まればたちまち騒がしくなる。
「おやおや、もうこんなに仲良くなっているのか。私が心配するまでもなかったね」
エリオットが親しげにリーゼの肩を抱く。女性たちは彼に恭しく挨拶をして、リーゼに目配せをした。
陽が落ちかけている。リーゼは少しだけ寂しくなった。楽しい時間もあっと言う間だ。
「……君をこのまま帰したくない」
胸の内を見透かすように、エリオットが切なそうに顔を歪めた。
「……返事は待つと言ったのに、ごめん」
エリオットは俯いたまま、ぽつりと小さく呟くように言った。
「君のご両親には話してあるんだ。君さえ良ければ……私の妻になってほしい」
出掛けに母が深刻な表情をしていたのはこの所為だったのか、と納得する。
リーゼの心は既に決まっていたも同然だった。返事を待たせることはない。
「ええ、喜んで。お受け致します」
その時が来たらわかるわ、と言った従姉妹のシンシアの声を思い出した。
きっとこの瞬間のことを言うのね。
今までどんなにロマンチックに口説かれても、心が揺れることはなかった。
「嬉しいよ、リーゼ」
出会ったばかりで結婚を決めてしまうなんて、無鉄砲にも程がある。少し考えたら分かるはずなのに、リーゼはすっかりのぼせ上がっていた。
薬指に嵌めた指輪の紋章をそっと指でなぞる。
「エリオット様」
遠くで彼を呼ぶ声がする。
「君の気が変わらないうちにさっそく準備をはじめよう……少し待っていて」
エリオットは愛おしそうにリーゼの髪に触れた。真っ直ぐな瞳に目が逸らせなくなる。彼は名残惜しそうに、従者の元へ歩いて行った。
大きくて立派な城、どこまでも続く緑と薔薇。
リーゼはふわふわとした浮き立つ気持ちでいた。その所為で気がつかなかった。遠くで遊んでいる子どもたちのボールが跳ね返り、こちらに飛んでくることに。
平謝りする母親と、泣きそうな表情の子どもに、どうか気にしないで欲しいと言うと、リーゼは広がってしまった紅茶の染みを何とかしてもらおうと、侍女のペリを探すことにした。
こんなところで、幸せが崩れ去ることも知らずに。