理想の女ではないから婚約破棄したいと言っていたのは貴方の方でしたよね?

7.愛人

 結婚式の準備は滞り無く進み、二人は無事に夫婦になった。

 あの日のことは、ただの勘違いだったのかもしれない。リーゼはそう思い込むようにしていた。問いただそうとしなかったのはリーゼに勇気が無かったからだ。エリオットは何事もなかったように紳士的で優しかった。
 パーティーの翌日には二人の婚約が噂になっていた。責任を取るよ、と優しく笑う彼をリーゼは信じることにした。薬指に鈍く光る指輪が真実の証だと信じていた。

「おはようございます、公爵夫人」

 リーゼを悩ませる問題はもう一つあった。

「……リーゼでいいわ」

 そう言うと、彼女は丁寧に頭を下げる。大人しそうな顔をしているが、内心ではこちらをどう思っているか分からない。

 屋敷に入ってすぐに彼女の存在に気付いた。彼の"友人"だと紹介されたが、十中八九"愛人"だろう。使用人よりも上等な部屋が用意されている。

 彼女の名前はティナ。金色の長い髪はよく手入れされていて艶やかだ。真っ白な陶器のような肌に、深い碧い瞳。あどけなさの残る顔立ちだが、ドレスの上からも分かるスタイルの良さ。女性が憧れる全てのものを持ってる。

ーーいや、一つだけ彼女が持っていないものがある。

 それは"肩書き"だ。華やかに着飾ってはいるものの、彼女は娼婦だったらしい。これは、屋敷の使用人たちの噂話から聞いたことだ。

 ティナは上辺ではリーゼを慕うような素振りを見せるが、いつもどこかで勝ち誇ったような表情を浮かべる。

 はっきり言って気に入らない。だが、気にするのも負けのように感じて、リーゼは今日も笑顔を貼り付ける。

 そんなリーゼの心の内を知らないエリオットは、安心したように笑うのだ。

「二人が仲良くしてくれて嬉しいよ。ティナは帰る家がないんだ。……そうだ、ティナはよく気が利く子だから、身の回りのことなども任せてくれ。……いいよな?」

「ええ、もちろんです」

 ティナは丁寧に腰を曲げて、深く頭を下げたままでいる。その下でどんな表情をしているのかは見えない。だが、この茶番にほくそ笑んでいるに違いない。

「よろしくね、ティナ」

 リーゼは精一杯の柔らかい声で言った。今のところ、彼女は何も問題を起こしてはいない。真実かどうかは別として、帰る家も無く、もう何年も屋敷で暮らしているという彼女を、何となく気に入らないからと言って追い出す訳にもいかない。

「それじゃあ、仕事に戻るよ。リーゼ、愛してる」

 エリオットはリーゼの頬に優しく唇を落とした。しっかりと愛情表現をしてくれる、これを聞いたら従姉妹のシンシアは羨ましがるだろう。ティナは相変わらず下を向いたままで、こちらを見ていない。

 理想の女とはほど遠い。それなら、目の前の女は理想通りだというのだろうか。

 時折そんなことを思うけど、エリオットは今日だって優しく私にキスをする、彼の妻はこの私なのだ。
 
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