他人に流されやすい婚約者にはもううんざり! 私らしく幸せを見つけます
12.同じ気持ち
「あら、この手紙はノーラン宛ね」
今朝は気付かず受け取っていたのだが、どうやらいくつかの手紙の中に紛れてしまっていたようだ。
ペネロペが留守を頼むのも納得だった。毎日何かしらの郵便物が、かなりの量届くのだった。ペネロペの体調を気遣うものや、パーティーなどの招待状、同好会のお誘いなど……。なんと顔の広いことだろうと、クロエはただ驚くばかりだった。
「ちょうど良かったわ。後で届けましょう」
クロエはいそいそと支度を始めた。ちょうど昨夜レモンの砂糖漬けを作っていたところだから、ノーランにお裾分けが出来る。
あれから数週間経ち、二人はすっかり親しい間柄になっていた。お互いの過去のことはほとんど知らないが、好きな食べ物や好きなことは一通り知っているつもりだ。笑うタイミングだって同じ、もう何年も前からお互いを知っているような、そんな気持ちになるほど打ち解けていた。
「こんにちは、ノーラン」
扉を叩くと、彼はいつも嬉しそうに出迎えてくれる。
「やあ、クロエ」
「これ、手紙が混ざってしまったみたいなの」
「ありがとう」
ノーランはにこやかに手紙を受け取ると、差出人を見て僅かに顔が曇ったように見えた。
「ああ、そうだ。昨夜ね、レモンの砂糖漬けを作ったの。良かったらレモネードにしてみて。とても美味しいはずよ」
「ちょどいい、私もクッキーを焼いてみたんだ。良かったら一緒に食べて行かない?」
「ええ、喜んで……!」
部屋に入るなり、バターの良い香りがした。なんて幸せな香りだろう、クロエは大きく息を吸い込んだ。
「いい香りね」
「そうだろう」
小さな薔薇の絵のついたトレイに二人分のホットレモネードとクッキーが乗せられていた。
ノーランは早速レモネードを一口啜ると、パッと目を輝かせた。
「君は本当に天才だな、美味い」
「このクッキーも美味しい、貴方も天才ね」
「上手く出来たから、後で君の所に持っていこうと思っていたんだ」
「うれしいわ」
クロエはさりげなく部屋の中を見回した。ノーランの家を頻繁に訪れるようになってから気付いたことがある。以前からも思っていたことなのだが、調度品がさりげなく高級品に見えるのだ。
本人は質素に暮らしているつもりなのだろうが、トレイやカップ一つ取っても品が良い。それに、これは持って生まれたものかもしれないが物腰の柔らかさ。
ーーやっぱり、どこか裕福な家庭の生まれなのかしら。
つい気になってしまうのだが、あまり詮索するのはよろしくないことだ。訳ありだと言っていたことも、本当はとても気になっている。だが、友人として話したくなった時まで待つべきだ。
余計な考えを振り払うように、クロエはレモネードを一口啜る。さっぱりとした苦味で目が覚めるようだった。
「……参ったな」
ふと顔をあげると、先程の手紙を開けてノーランは困ったように溜息を吐いた。
「どうかしたの?」
「ああ、ハイガーデンの屋敷で小さな夜会があるんだが……私も参加しなくてはいけない。これは念押しの手紙さ」
「まあ、素敵じゃない」
「そうだ、クロエ。良かったら一緒に行かないか?」
「え、私が?」
クロエは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。誤魔化すように慌ててカップをテーブルに戻した。
「ああ、君さえ良ければだが。毎年憂鬱なんだが、クロエとならきっと楽しい」
「もちろん……お誘い頂けて光栄だわ」
それは本心なのだが、展開の早さについていけないというのも本音だった。
ーーペネロペおばあさま、こんな素敵な展開があるなんて聞いてないわ。
「良かった………」
ノーランはほっとしたように笑った。クロエは、あることを思い出してしまった。
「ところで、その夜会っていつかしら?」
「来週末だよ……どうかした?」
ノーランが心配そうに覗き込んだ。クロエは言うべきか迷ったが、黙っていて余計な心配を掛けてしまうのも申し訳ない。なんでもない風を装って答えた。
「ええ、実はそれなりのドレスを持ってきていないの。大丈夫、取りに行くわ」
「良かったら、ドレスは私に用意させてくれないか?」
「いいのよ、私だってとても楽しみにしていることだから。気にしないで」
「私から誘ったことなんだ、当然だろう」
ノーランはクロエの膝の上にあった手にそっと触れたかと思うと、優しく握った。
「それに……君に贈り物がしたいんだよ」
「私は貴方から十分すぎるほど頂いているわ……」
最初の夜からずっと、クロエはノーランに対してまともにお礼が出来ていないことを悩んでいた。お礼に訪ねても、逆に美味しいお茶やお菓子でもてなされてしまう。
二人の視線が重なる。しばらく見つめ合ったまま、沈黙が続いた。それを破ったのはノーランの方だった。
「明日の午後にでも仕立て屋を呼ぼうと思うのだが……君の予定は大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫よ……でも、本当にいいの?」
「もちろん。それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日」
はにかむように笑うノーランに、思わずクロエも照れてしまう。
今までは、お互いに理由があって家を訪れていた。料理を作りすぎてしまったから、郵便が紛れていたから、外で偶然会ったから。約束をしたのは初めてだった。
ーークロエとなら、きっと楽しい。
この上なく幸せな言葉に、今にも踊り出してしまいそうだった。ノーランと一緒にいると楽しい、同じ気持ちなのだと考えるだけで、舞い上がってしまう。
緩みっぱなしの頬を押さえながら、家路につこうとするクロエの足取りはいつになく軽かった。
今朝は気付かず受け取っていたのだが、どうやらいくつかの手紙の中に紛れてしまっていたようだ。
ペネロペが留守を頼むのも納得だった。毎日何かしらの郵便物が、かなりの量届くのだった。ペネロペの体調を気遣うものや、パーティーなどの招待状、同好会のお誘いなど……。なんと顔の広いことだろうと、クロエはただ驚くばかりだった。
「ちょうど良かったわ。後で届けましょう」
クロエはいそいそと支度を始めた。ちょうど昨夜レモンの砂糖漬けを作っていたところだから、ノーランにお裾分けが出来る。
あれから数週間経ち、二人はすっかり親しい間柄になっていた。お互いの過去のことはほとんど知らないが、好きな食べ物や好きなことは一通り知っているつもりだ。笑うタイミングだって同じ、もう何年も前からお互いを知っているような、そんな気持ちになるほど打ち解けていた。
「こんにちは、ノーラン」
扉を叩くと、彼はいつも嬉しそうに出迎えてくれる。
「やあ、クロエ」
「これ、手紙が混ざってしまったみたいなの」
「ありがとう」
ノーランはにこやかに手紙を受け取ると、差出人を見て僅かに顔が曇ったように見えた。
「ああ、そうだ。昨夜ね、レモンの砂糖漬けを作ったの。良かったらレモネードにしてみて。とても美味しいはずよ」
「ちょどいい、私もクッキーを焼いてみたんだ。良かったら一緒に食べて行かない?」
「ええ、喜んで……!」
部屋に入るなり、バターの良い香りがした。なんて幸せな香りだろう、クロエは大きく息を吸い込んだ。
「いい香りね」
「そうだろう」
小さな薔薇の絵のついたトレイに二人分のホットレモネードとクッキーが乗せられていた。
ノーランは早速レモネードを一口啜ると、パッと目を輝かせた。
「君は本当に天才だな、美味い」
「このクッキーも美味しい、貴方も天才ね」
「上手く出来たから、後で君の所に持っていこうと思っていたんだ」
「うれしいわ」
クロエはさりげなく部屋の中を見回した。ノーランの家を頻繁に訪れるようになってから気付いたことがある。以前からも思っていたことなのだが、調度品がさりげなく高級品に見えるのだ。
本人は質素に暮らしているつもりなのだろうが、トレイやカップ一つ取っても品が良い。それに、これは持って生まれたものかもしれないが物腰の柔らかさ。
ーーやっぱり、どこか裕福な家庭の生まれなのかしら。
つい気になってしまうのだが、あまり詮索するのはよろしくないことだ。訳ありだと言っていたことも、本当はとても気になっている。だが、友人として話したくなった時まで待つべきだ。
余計な考えを振り払うように、クロエはレモネードを一口啜る。さっぱりとした苦味で目が覚めるようだった。
「……参ったな」
ふと顔をあげると、先程の手紙を開けてノーランは困ったように溜息を吐いた。
「どうかしたの?」
「ああ、ハイガーデンの屋敷で小さな夜会があるんだが……私も参加しなくてはいけない。これは念押しの手紙さ」
「まあ、素敵じゃない」
「そうだ、クロエ。良かったら一緒に行かないか?」
「え、私が?」
クロエは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。誤魔化すように慌ててカップをテーブルに戻した。
「ああ、君さえ良ければだが。毎年憂鬱なんだが、クロエとならきっと楽しい」
「もちろん……お誘い頂けて光栄だわ」
それは本心なのだが、展開の早さについていけないというのも本音だった。
ーーペネロペおばあさま、こんな素敵な展開があるなんて聞いてないわ。
「良かった………」
ノーランはほっとしたように笑った。クロエは、あることを思い出してしまった。
「ところで、その夜会っていつかしら?」
「来週末だよ……どうかした?」
ノーランが心配そうに覗き込んだ。クロエは言うべきか迷ったが、黙っていて余計な心配を掛けてしまうのも申し訳ない。なんでもない風を装って答えた。
「ええ、実はそれなりのドレスを持ってきていないの。大丈夫、取りに行くわ」
「良かったら、ドレスは私に用意させてくれないか?」
「いいのよ、私だってとても楽しみにしていることだから。気にしないで」
「私から誘ったことなんだ、当然だろう」
ノーランはクロエの膝の上にあった手にそっと触れたかと思うと、優しく握った。
「それに……君に贈り物がしたいんだよ」
「私は貴方から十分すぎるほど頂いているわ……」
最初の夜からずっと、クロエはノーランに対してまともにお礼が出来ていないことを悩んでいた。お礼に訪ねても、逆に美味しいお茶やお菓子でもてなされてしまう。
二人の視線が重なる。しばらく見つめ合ったまま、沈黙が続いた。それを破ったのはノーランの方だった。
「明日の午後にでも仕立て屋を呼ぼうと思うのだが……君の予定は大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫よ……でも、本当にいいの?」
「もちろん。それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日」
はにかむように笑うノーランに、思わずクロエも照れてしまう。
今までは、お互いに理由があって家を訪れていた。料理を作りすぎてしまったから、郵便が紛れていたから、外で偶然会ったから。約束をしたのは初めてだった。
ーークロエとなら、きっと楽しい。
この上なく幸せな言葉に、今にも踊り出してしまいそうだった。ノーランと一緒にいると楽しい、同じ気持ちなのだと考えるだけで、舞い上がってしまう。
緩みっぱなしの頬を押さえながら、家路につこうとするクロエの足取りはいつになく軽かった。