他人に流されやすい婚約者にはもううんざり! 私らしく幸せを見つけます
17.繋いだ手
二人の手がゆっくりと離れていく。答えなくちゃ、クロエが口を開いた瞬間。また音楽がガラリと変わった。入れ替わりに人が流れていく。
「クロエ」
ノーランがさっと手を伸ばすものの、誰かが彼にぶつかってまた引き離されてしまう。
ふと、ノーランが身を低くした。どうやら、ぶつかった相手が手袋を落としてしまったらしい。
待ってて、と口を大きく開けるのが見えてクロエは大きく頷いた。
クロエは少し離れた壁にもたれるように、ぼんやりと行き交う人々を見つめていた。
ーー君は、幸せか?
その質問を、再び頭の中で繰り返す。今度彼の前に立ったら、きちんと言葉にしなくては。
「……クロエ?」
ふと、聞き覚えのある言葉に顔を上げると懐かしい顔が笑っていた。
「ウェス……! どうして?」
「それはこっちのセリフだよ」
喧嘩別れのようになってしまった二人だったが、慣れない土地での偶然の再会に驚くばかりで、そんなことはすっかり忘れていた。
「クロエ……今日は一段と美しいな」
ウェスはしみじみと眺めながら目を細めた。ぎこちなさは僅かに残る、せっかくの再会なのに抱きしめることも出来ないのだから。
「貴方の方こそ、随分と大人っぽいわね」
八年一緒にいて、前髪を丁寧にしっかりとあげているのを見るのは初めてだった。
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「元気にしていたか? ペネロペおばあさんは?」
「大丈夫よ、ありがとう」
少し素っ気ない返事だったかもしれない。だが、上手く言葉を繋げられなかった。ウェスも、口を忙しなく開けては閉じている。言葉を選んでいる時の彼の癖だ。
「クロエ……別れてようやく、君の大切さに気付いたよ」
「私もよ、ウェス」
ウェスはクロエの細い肩を抱き寄せようと手を伸ばした。
「楽しかったこと、たくさんあったものね。こうして会えて良かった。お互いに新しい幸せを見つけましょう」
「……は? 新しい……?」
どこか噛み合わない会話に、ウェスは一瞬顔を顰めた。が、すぐに顔を強張らせると、すっと頭を下げた。
突然の彼の態度に驚くクロエの背後で、聞き覚えのある声がした。
「やぁ、ジェームズ。久しぶりだね」
「……キングズリー伯爵、ご招待頂き感謝しております」
「そんな……顔を上げてくれ。君たち知り合いだったのか」
二人の間に、また気まずい沈黙が流れる。それを察したのか、ノーランは朗らかに笑うと、クロエの手を取った。
「行こうか、クロエ」
「ええ」
「それじゃあ、ジェームズ。楽しい夜を」
地面にしっかり足が着いていないようなふわふわとした感覚だった。
振り返ると、ウェスは呆然と立ち尽くしていた。掛ける言葉は見つからなかった。だが、元気そうで良かった。クロエは心からそう思っていた。
それに、もっと気になることがある。
「キングズリー伯爵?」
「……言ってなかったかな?」
そう言ってすっとぼけて見せるノーランは、十中八九確信犯だろう。
「ええ、初めて聞いたわよ」
「怒らないでくれよ、だって自ら名乗る機会って、そうそうないものだろう?」
クロエとて、本気で怒っているわけではないのだが、こんな形で不意を突かれると思っていなかった。わざとむくれて見せると、ノーランは本気で慌てているようだった。
「……すまなかった」
「怒ってないわ、少し悔しかっただけ」
どうりですれ違う人みんなが恭しく頭を下げる訳だ。クロエはノーランに合わせてにこにこと会釈していたが、慣れているとはいえ、その人数の多さに驚いていた。随分と顔が広いものだと、呑気に思っていた。
「……と、言うことは貴方ここに住んでいたのね」
「ああ、そうだよ。ちなみに夜会の主催者は母だ」
「……彼とは知り合い?」
「ええ、そうよ。元婚約者……元気そうだったわ、私もあまりいい別れ方ではなかったから、今夜話せてよかった」
「そうか」
「さっきの質問のことだけど……先に貴方に言っておかないといけないことがあるの」
今度はクロエの方から、ノーランの手をしっかりと握った。もう引き離されたりしないように、祈りを込めて。
「……もうすぐ家に帰らなくてはいけないの」
ノーランは怪訝そうに眉を顰めた。言っている意味が分からない、とでも言うように戸惑った表情を浮かべて首を横に振った。
「お留守番係はもうおしまいよ」
「クロエ」
ノーランがさっと手を伸ばすものの、誰かが彼にぶつかってまた引き離されてしまう。
ふと、ノーランが身を低くした。どうやら、ぶつかった相手が手袋を落としてしまったらしい。
待ってて、と口を大きく開けるのが見えてクロエは大きく頷いた。
クロエは少し離れた壁にもたれるように、ぼんやりと行き交う人々を見つめていた。
ーー君は、幸せか?
その質問を、再び頭の中で繰り返す。今度彼の前に立ったら、きちんと言葉にしなくては。
「……クロエ?」
ふと、聞き覚えのある言葉に顔を上げると懐かしい顔が笑っていた。
「ウェス……! どうして?」
「それはこっちのセリフだよ」
喧嘩別れのようになってしまった二人だったが、慣れない土地での偶然の再会に驚くばかりで、そんなことはすっかり忘れていた。
「クロエ……今日は一段と美しいな」
ウェスはしみじみと眺めながら目を細めた。ぎこちなさは僅かに残る、せっかくの再会なのに抱きしめることも出来ないのだから。
「貴方の方こそ、随分と大人っぽいわね」
八年一緒にいて、前髪を丁寧にしっかりとあげているのを見るのは初めてだった。
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「元気にしていたか? ペネロペおばあさんは?」
「大丈夫よ、ありがとう」
少し素っ気ない返事だったかもしれない。だが、上手く言葉を繋げられなかった。ウェスも、口を忙しなく開けては閉じている。言葉を選んでいる時の彼の癖だ。
「クロエ……別れてようやく、君の大切さに気付いたよ」
「私もよ、ウェス」
ウェスはクロエの細い肩を抱き寄せようと手を伸ばした。
「楽しかったこと、たくさんあったものね。こうして会えて良かった。お互いに新しい幸せを見つけましょう」
「……は? 新しい……?」
どこか噛み合わない会話に、ウェスは一瞬顔を顰めた。が、すぐに顔を強張らせると、すっと頭を下げた。
突然の彼の態度に驚くクロエの背後で、聞き覚えのある声がした。
「やぁ、ジェームズ。久しぶりだね」
「……キングズリー伯爵、ご招待頂き感謝しております」
「そんな……顔を上げてくれ。君たち知り合いだったのか」
二人の間に、また気まずい沈黙が流れる。それを察したのか、ノーランは朗らかに笑うと、クロエの手を取った。
「行こうか、クロエ」
「ええ」
「それじゃあ、ジェームズ。楽しい夜を」
地面にしっかり足が着いていないようなふわふわとした感覚だった。
振り返ると、ウェスは呆然と立ち尽くしていた。掛ける言葉は見つからなかった。だが、元気そうで良かった。クロエは心からそう思っていた。
それに、もっと気になることがある。
「キングズリー伯爵?」
「……言ってなかったかな?」
そう言ってすっとぼけて見せるノーランは、十中八九確信犯だろう。
「ええ、初めて聞いたわよ」
「怒らないでくれよ、だって自ら名乗る機会って、そうそうないものだろう?」
クロエとて、本気で怒っているわけではないのだが、こんな形で不意を突かれると思っていなかった。わざとむくれて見せると、ノーランは本気で慌てているようだった。
「……すまなかった」
「怒ってないわ、少し悔しかっただけ」
どうりですれ違う人みんなが恭しく頭を下げる訳だ。クロエはノーランに合わせてにこにこと会釈していたが、慣れているとはいえ、その人数の多さに驚いていた。随分と顔が広いものだと、呑気に思っていた。
「……と、言うことは貴方ここに住んでいたのね」
「ああ、そうだよ。ちなみに夜会の主催者は母だ」
「……彼とは知り合い?」
「ええ、そうよ。元婚約者……元気そうだったわ、私もあまりいい別れ方ではなかったから、今夜話せてよかった」
「そうか」
「さっきの質問のことだけど……先に貴方に言っておかないといけないことがあるの」
今度はクロエの方から、ノーランの手をしっかりと握った。もう引き離されたりしないように、祈りを込めて。
「……もうすぐ家に帰らなくてはいけないの」
ノーランは怪訝そうに眉を顰めた。言っている意味が分からない、とでも言うように戸惑った表情を浮かべて首を横に振った。
「お留守番係はもうおしまいよ」