小児科医「短い」「女医と難病の男の子のラブコメです」
小児科医
岡田さんは小児科医である。といってもまだ世間で言う医者の卵である。医学部の学生は卒業すると、すぐに全国共通の医師国家試験をうける。この試験は五者択一のマークシート形式で、大学入試のセンター試験と同じような感覚の試験である。この試験に通ると医師の資格が与えられる。こののち二年間、どこかの病院で指導医のもとで研修する。ほとんどは、母校の付属病院で研修する。岡田さんは小児科を選んだ。理由はきわめて明白で「子供はかわいい。子供が好き。」だからである。他に三人、同期の友人が小児科の医局に入局した。小児科の教授は母校出身の先生である。二年前に教授に就任した。この教授は、
「国家試験はおちる時はおちるんだから覚悟きめてけよ、それとインフルエンザには気ィつけろよ。」
と卒業試験の時、言ってくれた温かみのある先生である。岡田さんは5人の入院患者を担当することになった。指導医の指導のもとで毎日、採血、点滴、注射、カルテへの患者の病状記載、ナースへの指示の仕方、など実地の医療をおぼえるのである。彼女がうけもつことになったのは、若年性関節リウマチ、糖尿病、血友病、それと膠原病のSLEとなった。さっそく岡田さんは患者に自己紹介にいった。はじめは不安もあったが、
「はじめまして。今度担当になりました岡田といいます。よろしくね。」というと、それまで退屈していた子供は、よろこんで反応してくれる。心が通じることは何より安心感を与えてくれる。自分が認められることにまさるよろこびはない。だが最後の一人は反応が違った。彼女の丁寧なあいさつにその子はプイと顔をそむけてパタンと横になってしまった。話しかけても答えてくれない。やむを得ずあいさつできないまま詰め所へもどった。
(かわいくないなあ。あの子。)
その子(吉田さとる)はSLE(全身性エリテマトーデス)という膠原病だった。日光にあたると病気が悪化するためあまり外へでれない。入院してステロイド療法で症状をおさえているのである。ステロイドを使わないと腎臓の機能が低下してあぶない。そのためステロイド(プレドニソロン30mgくらい)の投与をつづけなくてはならないのだが、薬の副作用も強くでる。多量に使うと腹痛がでたり、顔の形もかわってしまい、そのため子供はその薬をのみたがらない。
こんな状態ではじまった研修第一日目だった。午前中は外来で、午後は病棟で入院患者をみる。外来での診察手順は、眼瞼で、貧血、黄疸があるかを調べ、扁桃腺、頚部リンパ節の腫張の有無、それからねかせて、髄膜炎があるかどうか調べるため、項部硬直を調べ、ついで肝臓、脾臓の腫大の有無を調べる。
小児科では同期で他に三人入った。学生時代からの親友でもあった。大学の近くに安くてうまい店があって、仲間は学生の時からよく行っていた。
研修がはじまって一週間くらいたった。勤務がおわって、仲間は、そこにひさしぶりに寄った。他の仲間は、小児科はきつい、といったが、みな、生きがい、にもえていた。岡田さんも自分もそうだ、と言った。だが彼女の頭には、あの子の顔が浮かんできた。それをふり払おうと彼女はむりに笑った。彼女は学校時代からリーダー的存在だった。そんなことではじまった研修医生活だった。
だが岡田さんが何を言っても吉田は無視する。どんなにやさしく接しても無視する。ある日の勤務がおわった時、岡田さんは、やけっぱちな気分になって、一人で飲み屋へ行って、やけ酒をガブガブ飲みながら、おやじにあたった。彼女は自分がどんなに誠実に一生懸命接しようとしても自分を無視する子供のことをはなした。
「私もうあの子いや。」というと
「そりゃーそのガキの方がわるいわ。岡田先生みたいにきれいで、わけへだてなく患者に真摯になってる先生を理由もなく無視して、いうことをきかないなんて。今度一回、いうこときかなかったら、ぶってやったらどうです。わたしにはよくわかりませんが岡田先生が低姿勢にしてるもんだから、そのガキ、つけあがってるんじゃないですか。先生の心のこもったおしかりなら、そのガキも少しは、あまえから目がさめるんじゃないですか。」
岡田さんは自分にいいきかせるように、
「そうよね。あまえてるんだよね。あの子。ありがとう。よーし。こんどひとつ、びしっといってやるわ。ありがとう。」
「カンパーイ。」
といって岡田さん、おやじとビール、カチンとやりゴクゴクッとのんだ。数日後のことである。検査でBUN(尿素窒素)、Cr(クレアチニン)が上がっていた。腎機能が低下していることがわかった。病室のごみ箱からプレドニソロンがみつかった。どうもあの子が薬をちゃんとのんでいないようだ。拒薬の可能性のある患者の場合、ナースが患者が薬をのむのをみとどけるのだが、患者は、口の中に錠剤をのこしといて、コップの水をゴクッとのんで、薬をのんだふりをしてみせて、錠剤をあとで吐き出すのである。
岡田さんは吉田の病室に行った。吉田はゴロンとねころんでいる。岡田さんは吉田によびかけた。だが起きない。むりにおこして自分の方にふりむかせた。
「さとる君。この薬すてたのさとる君?」
ときいたが、吉田はプイと顔をそむけた。
「この薬ちゃんとのまなきゃ死んじゃうんだよ。だめじゃない。」
といっても吉田はふくれっつらしている。岡田さんは「ばかー。」といって吉田をぶった。
だが、吉田はおこって反発することもしない。岡田さんは予想に反してガックリしたが、
「さとる君。この薬ちゃんとのまなきゃだめだよ。」
と、しかたなく言って去った。
それから数日がたった。今度の検査ではBUN、Crとも下がった。もう病室からはプレドニソロンが捨ててあるということはなくなった。岡田さんは吉田が自分が吉田に薬を飲むようお願いして、吉田がそれをきいてくれたのだと思って少しうれしく思い、吉田の病室へ行った。
「さとる君。」
と言って岡田さんはうしろからはなしかけた。が、ふりむいてくれないので、まわって、
「この前はいきなりぶってごめんなさい。私をぶって。それでおあいこにしよう。」
と言って岡田さんは目をつぶって顔をだした。岡田さんは内心これで心が通じると思いながらまっていた。だがいっこうに反応がない。岡田さんが目をあけると吉田はいなかった。徹底的な無視。帰り、いつもの焼き鳥屋。
「私もうあの子いや。あの子私をきらってる。何で?」
と、おやじにきく。おやじは
「ウーン。私にもわかりませんね。その子の心が。」
数日後のことである。岡田さんがほとほと思案がつきはててしまっているところ、病棟で、ある信じがたい光景をみた。吉田が一年上のあるドクターNとまるで兄弟のように手をつないで笑いあっているのである。まさに心をひらいている。そのドクターは頭が半分ハゲて、近眼で、足がわるく、足をひきずって、白衣もヨレヨレで、医局でも無口でコドクな存在だった。これは岡田さんにとってショックだった。あの子はだれにも心をひらかないのではなく、自分には心をひらいてくれないのだ。
数日後岡田さんは吉田の病室に行って吉田に話しかけた。もう自分のどこがわるいのか、わからなくて吉田にきいて自分のわるいところを知ろうと思った。吉田はいつものようにゴロンとねていた。岡田さんはしょんぼりして
「私のどこがわるいのですか。何で私を無視するんですか。私のわるいところは直すように努力します。おしえてください。」と言った。
吉田はしばしだまっていたが、はじめて彼女をみて、
「別にどこもわるくねーよ。」と言った。
岡田さんははじめて吉田から返事をうけて、わからないままにも、うれしく思った。
二人の会話はそんなふうで、進展しない。彼女はいったい自分のどこがわるいのか悩むようになった。自分に何かどうしようもない人間としての欠点があるように思えてしかたがなかった。そのことが頭から離れなくて、もう精神的にヘトヘトになってしまった。岡田さんが夕方、待合室で一人で座っていると同期で入局した仲間達がそこを通りかかった。彼女らは岡田をみて、その中の一人が言った。
「どうしたの。岡田。このごろ元気ないじゃん。」
岡田「ウン。ちょっとね。」
「何かあったの。」
「・・・・・。」
「元気だしなよ。そんなことじゃつとまんないよ。」
彼女らは「ははは。」と笑って行った。
その時、岡田さんは気づいた。今の自分の状態があの子の状態なのでは・・・・。
「あの子は私の明るさをきらっていたんだ。」
その時、吉田がたまたま病室からでてきたらしく、一人でいる彼女に気づいて、あわてて体をひっこめた。自分はNドクターの気持ちなんかまったくわからなかったし、わかろうともしなかった。あの子は私の明るさ、を嫌っていたんだ。そう思うと岡田さんは今までの自分が恥ずかしくなり、うつむいてしまった。
「オイ。」
とつぜん声をかけられて岡田さんは顔を上げた。吉田がいる。
「オイ。岡田。何で一人でいるんだよ。」
岡田さんは心の中で思った。
(もう私にコドクになれ、といっても無理だ。この子にはあのN先生がふさわしいんだ。担当をかわるよう、たのんでみよう。)
岡田さんはもうつかれはてていたので、吉田に返事をすることもできなかった。自分が何をいってもこの子は気にくわないんだから・・・。そう思って岡田さんはだまってうつむいていた。その時である。吉田が岡田さんにはじめてはなしかけたのである。しかもその声には、たしかにうれしさがこもっていた。
「オイ。岡田。元気だせよ。お前らしくないじゃんか。」
岡田さんはうれしくなって吉田の手を握った。
「あっ。吉田君笑った。私を無視するんじゃないの?」
吉田は自己矛盾を感じて困りだした。吉田は自分から声をかけてしまったことをくやんだように手をふりほどこうとしている。岡田さんは離さない。この期をのがしてなるものか。はじめは手をふりほどこうとしていた吉田だったが岡田さんが強く握りしめて離さないので、とうとうあきらめた。岡田さん笑ってオデコ、コッツンとあわせた。「ふふふ。」といって岡田さん、もう一度オデコ、コッツンとあわせた。吉田、ついに自分に負けて「クッ」といって笑って、自分から岡田にオデコをあわせた。心が通じる最高の一瞬。吉田、小康状態で数日後、退院した。あとにはあいたベットに新患が入ってくる。岡田さんのいそがしい日々がはじまる。
岡田さんは小児科医である。といってもまだ世間で言う医者の卵である。医学部の学生は卒業すると、すぐに全国共通の医師国家試験をうける。この試験は五者択一のマークシート形式で、大学入試のセンター試験と同じような感覚の試験である。この試験に通ると医師の資格が与えられる。こののち二年間、どこかの病院で指導医のもとで研修する。ほとんどは、母校の付属病院で研修する。岡田さんは小児科を選んだ。理由はきわめて明白で「子供はかわいい。子供が好き。」だからである。他に三人、同期の友人が小児科の医局に入局した。小児科の教授は母校出身の先生である。二年前に教授に就任した。この教授は、
「国家試験はおちる時はおちるんだから覚悟きめてけよ、それとインフルエンザには気ィつけろよ。」
と卒業試験の時、言ってくれた温かみのある先生である。岡田さんは5人の入院患者を担当することになった。指導医の指導のもとで毎日、採血、点滴、注射、カルテへの患者の病状記載、ナースへの指示の仕方、など実地の医療をおぼえるのである。彼女がうけもつことになったのは、若年性関節リウマチ、糖尿病、血友病、それと膠原病のSLEとなった。さっそく岡田さんは患者に自己紹介にいった。はじめは不安もあったが、
「はじめまして。今度担当になりました岡田といいます。よろしくね。」というと、それまで退屈していた子供は、よろこんで反応してくれる。心が通じることは何より安心感を与えてくれる。自分が認められることにまさるよろこびはない。だが最後の一人は反応が違った。彼女の丁寧なあいさつにその子はプイと顔をそむけてパタンと横になってしまった。話しかけても答えてくれない。やむを得ずあいさつできないまま詰め所へもどった。
(かわいくないなあ。あの子。)
その子(吉田さとる)はSLE(全身性エリテマトーデス)という膠原病だった。日光にあたると病気が悪化するためあまり外へでれない。入院してステロイド療法で症状をおさえているのである。ステロイドを使わないと腎臓の機能が低下してあぶない。そのためステロイド(プレドニソロン30mgくらい)の投与をつづけなくてはならないのだが、薬の副作用も強くでる。多量に使うと腹痛がでたり、顔の形もかわってしまい、そのため子供はその薬をのみたがらない。
こんな状態ではじまった研修第一日目だった。午前中は外来で、午後は病棟で入院患者をみる。外来での診察手順は、眼瞼で、貧血、黄疸があるかを調べ、扁桃腺、頚部リンパ節の腫張の有無、それからねかせて、髄膜炎があるかどうか調べるため、項部硬直を調べ、ついで肝臓、脾臓の腫大の有無を調べる。
小児科では同期で他に三人入った。学生時代からの親友でもあった。大学の近くに安くてうまい店があって、仲間は学生の時からよく行っていた。
研修がはじまって一週間くらいたった。勤務がおわって、仲間は、そこにひさしぶりに寄った。他の仲間は、小児科はきつい、といったが、みな、生きがい、にもえていた。岡田さんも自分もそうだ、と言った。だが彼女の頭には、あの子の顔が浮かんできた。それをふり払おうと彼女はむりに笑った。彼女は学校時代からリーダー的存在だった。そんなことではじまった研修医生活だった。
だが岡田さんが何を言っても吉田は無視する。どんなにやさしく接しても無視する。ある日の勤務がおわった時、岡田さんは、やけっぱちな気分になって、一人で飲み屋へ行って、やけ酒をガブガブ飲みながら、おやじにあたった。彼女は自分がどんなに誠実に一生懸命接しようとしても自分を無視する子供のことをはなした。
「私もうあの子いや。」というと
「そりゃーそのガキの方がわるいわ。岡田先生みたいにきれいで、わけへだてなく患者に真摯になってる先生を理由もなく無視して、いうことをきかないなんて。今度一回、いうこときかなかったら、ぶってやったらどうです。わたしにはよくわかりませんが岡田先生が低姿勢にしてるもんだから、そのガキ、つけあがってるんじゃないですか。先生の心のこもったおしかりなら、そのガキも少しは、あまえから目がさめるんじゃないですか。」
岡田さんは自分にいいきかせるように、
「そうよね。あまえてるんだよね。あの子。ありがとう。よーし。こんどひとつ、びしっといってやるわ。ありがとう。」
「カンパーイ。」
といって岡田さん、おやじとビール、カチンとやりゴクゴクッとのんだ。数日後のことである。検査でBUN(尿素窒素)、Cr(クレアチニン)が上がっていた。腎機能が低下していることがわかった。病室のごみ箱からプレドニソロンがみつかった。どうもあの子が薬をちゃんとのんでいないようだ。拒薬の可能性のある患者の場合、ナースが患者が薬をのむのをみとどけるのだが、患者は、口の中に錠剤をのこしといて、コップの水をゴクッとのんで、薬をのんだふりをしてみせて、錠剤をあとで吐き出すのである。
岡田さんは吉田の病室に行った。吉田はゴロンとねころんでいる。岡田さんは吉田によびかけた。だが起きない。むりにおこして自分の方にふりむかせた。
「さとる君。この薬すてたのさとる君?」
ときいたが、吉田はプイと顔をそむけた。
「この薬ちゃんとのまなきゃ死んじゃうんだよ。だめじゃない。」
といっても吉田はふくれっつらしている。岡田さんは「ばかー。」といって吉田をぶった。
だが、吉田はおこって反発することもしない。岡田さんは予想に反してガックリしたが、
「さとる君。この薬ちゃんとのまなきゃだめだよ。」
と、しかたなく言って去った。
それから数日がたった。今度の検査ではBUN、Crとも下がった。もう病室からはプレドニソロンが捨ててあるということはなくなった。岡田さんは吉田が自分が吉田に薬を飲むようお願いして、吉田がそれをきいてくれたのだと思って少しうれしく思い、吉田の病室へ行った。
「さとる君。」
と言って岡田さんはうしろからはなしかけた。が、ふりむいてくれないので、まわって、
「この前はいきなりぶってごめんなさい。私をぶって。それでおあいこにしよう。」
と言って岡田さんは目をつぶって顔をだした。岡田さんは内心これで心が通じると思いながらまっていた。だがいっこうに反応がない。岡田さんが目をあけると吉田はいなかった。徹底的な無視。帰り、いつもの焼き鳥屋。
「私もうあの子いや。あの子私をきらってる。何で?」
と、おやじにきく。おやじは
「ウーン。私にもわかりませんね。その子の心が。」
数日後のことである。岡田さんがほとほと思案がつきはててしまっているところ、病棟で、ある信じがたい光景をみた。吉田が一年上のあるドクターNとまるで兄弟のように手をつないで笑いあっているのである。まさに心をひらいている。そのドクターは頭が半分ハゲて、近眼で、足がわるく、足をひきずって、白衣もヨレヨレで、医局でも無口でコドクな存在だった。これは岡田さんにとってショックだった。あの子はだれにも心をひらかないのではなく、自分には心をひらいてくれないのだ。
数日後岡田さんは吉田の病室に行って吉田に話しかけた。もう自分のどこがわるいのか、わからなくて吉田にきいて自分のわるいところを知ろうと思った。吉田はいつものようにゴロンとねていた。岡田さんはしょんぼりして
「私のどこがわるいのですか。何で私を無視するんですか。私のわるいところは直すように努力します。おしえてください。」と言った。
吉田はしばしだまっていたが、はじめて彼女をみて、
「別にどこもわるくねーよ。」と言った。
岡田さんははじめて吉田から返事をうけて、わからないままにも、うれしく思った。
二人の会話はそんなふうで、進展しない。彼女はいったい自分のどこがわるいのか悩むようになった。自分に何かどうしようもない人間としての欠点があるように思えてしかたがなかった。そのことが頭から離れなくて、もう精神的にヘトヘトになってしまった。岡田さんが夕方、待合室で一人で座っていると同期で入局した仲間達がそこを通りかかった。彼女らは岡田をみて、その中の一人が言った。
「どうしたの。岡田。このごろ元気ないじゃん。」
岡田「ウン。ちょっとね。」
「何かあったの。」
「・・・・・。」
「元気だしなよ。そんなことじゃつとまんないよ。」
彼女らは「ははは。」と笑って行った。
その時、岡田さんは気づいた。今の自分の状態があの子の状態なのでは・・・・。
「あの子は私の明るさをきらっていたんだ。」
その時、吉田がたまたま病室からでてきたらしく、一人でいる彼女に気づいて、あわてて体をひっこめた。自分はNドクターの気持ちなんかまったくわからなかったし、わかろうともしなかった。あの子は私の明るさ、を嫌っていたんだ。そう思うと岡田さんは今までの自分が恥ずかしくなり、うつむいてしまった。
「オイ。」
とつぜん声をかけられて岡田さんは顔を上げた。吉田がいる。
「オイ。岡田。何で一人でいるんだよ。」
岡田さんは心の中で思った。
(もう私にコドクになれ、といっても無理だ。この子にはあのN先生がふさわしいんだ。担当をかわるよう、たのんでみよう。)
岡田さんはもうつかれはてていたので、吉田に返事をすることもできなかった。自分が何をいってもこの子は気にくわないんだから・・・。そう思って岡田さんはだまってうつむいていた。その時である。吉田が岡田さんにはじめてはなしかけたのである。しかもその声には、たしかにうれしさがこもっていた。
「オイ。岡田。元気だせよ。お前らしくないじゃんか。」
岡田さんはうれしくなって吉田の手を握った。
「あっ。吉田君笑った。私を無視するんじゃないの?」
吉田は自己矛盾を感じて困りだした。吉田は自分から声をかけてしまったことをくやんだように手をふりほどこうとしている。岡田さんは離さない。この期をのがしてなるものか。はじめは手をふりほどこうとしていた吉田だったが岡田さんが強く握りしめて離さないので、とうとうあきらめた。岡田さん笑ってオデコ、コッツンとあわせた。「ふふふ。」といって岡田さん、もう一度オデコ、コッツンとあわせた。吉田、ついに自分に負けて「クッ」といって笑って、自分から岡田にオデコをあわせた。心が通じる最高の一瞬。吉田、小康状態で数日後、退院した。あとにはあいたベットに新患が入ってくる。岡田さんのいそがしい日々がはじまる。