番外編~うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する~
笑ってはいけない王立図書館防犯訓練-2
ついに運命の日がやって来た。防犯訓練が始まるまでは、私たちは普段通りの業務をしている。
しかし、司書官たちは皆不安の色が滲んでおり、中には緊張のあまり同じミスを繰り返す者まで現れた。
無理もない。
私たちがこれから相手するのは、あの副館長なのだから。
やがて、打ち合わせ通り【第一発見者】の司書官が大声を上げる。
司書官たちが本棚に手を当てて防犯の魔法をかける。その次に防御魔法を被せ、本たちを守る。
図書館のあちこちで魔法の光が灯る。初動としては申し分ない対応だろう。そして司書官たちはみな吹き抜けにある中央受付広場に集まった。
王立図書館の中では一番広い場所。仲間と力を合わせて本を守るため、ここで犯人を拘束しなければならないのだ。
誰もが息を殺している。
カツン、カツンと大理石の床を確実に踏み進めてくる靴音が聞こえてきたのだ。
みんな、緊張した面持ちで身構えた。
靴音ともに、なぜか魔獣の鳴き声のようなものも聞こえてくる。
一体、なぜ?
首を傾げていると、黒い鎧と外套に身を包み、フードを深く被った犯人役《ディラン》が現れた。
フードから覗く氷のような瞳が光を帯びているように見えるのは気のせいだろうか?
冷酷で狂気的な犯人のそれを完全に再現なさっている気がする。
しかも、禍々しくどす黒いオーラを放ち、後ろには召喚獣やらなんだか風格のある男性や女性の精霊みたいなものやらを従わせている。
こ こ は 魔 王 城 か ?
後ろに居る人間たちは何?超常能力持ってる守護霊?それとも英雄の霊?
ついにあなたもその世界観に手を出してしまったのか。
全司書官たちが束になっても敵わなさそうなパーティーを前に、みんな立っているのもやっとな様子だ。
館内は沈黙に包まれた。
ええ、それはもう、静かすぎて逆に耳が痛くなるほどに。
若い司書官たちが気圧されて震えている。
有事の際に本の力を借りて戦うはずの戦闘部隊の面々も怖気づいている様子だ。
無理もない、彼らはディランの王立図書館伝説での一番の被害者だ。なぜなら、彼は兼任でそこに所属していたのだが、部下たちに騎士団にも劣らぬ過酷な訓練をさせたらしい。その過去を思い出させられたのだろう。
犯人役《ディラン》は静かに用件を告げた。
「魔法書をいただこう。抵抗すれば容赦はしない」
イヤイヤイヤ、もうあなた魔法書の力とかいらないでしょ?
その領域《レベル》まで到達して他に何が欲しいというのだろうか。
デュラン侯爵が犯人の前に進み出た。相まみえた彼らをみんなが固唾を飲んで見守る。
「あなたの好きにはさせないよ!ゆけっ!プルースト卿!」
「えええええ??!」
容赦のないデュラン侯爵が今年入ったばかりの新人くんを繰り出した。あなたが戦うのではないんですね。新人には経験が必要と言っていたが、これは規格外の経験なのでは?
華々しいポージングをするデュラン侯爵の前に出された若い司書官は血の気が引いてしまっている。なんとも同情してしまうコントラスト。
可哀そうに、プルースト卿。
君の犠牲は後に語り継がれるだろう。
幾人もの上級司書官たちが祈りのポーズを構え始めた。
……いや、止めろよ。なんなら彼が犯人役を自己申告したときに止めて欲しかった。館長もなぜ最後に承認をしたのか気になるところ。
犯人役《ディラン》は腰に差していた模造剣を抜く。訓練用の木製の剣だ。
「抵抗する気か?忌々しい」
彼が剣を構えると、青白い光が放たれ剣に光が宿る。武器の強化魔法だ。なんで怪我人出さないための模造剣に強化魔法かけている?
あなたなら初期装備の木の枝くらいでも一瞬で人を殺められるでしょうに。
これじゃあ犯人役《ディラン》と新人くんの戦闘能力差はもはやドラゴンとヒヨコくらいかけ離れている。
哀れなプルースト卿が果敢にも捕縛や拘束魔法を放つが、全てかわされてしまう。
あえなく追いつめられた若き犠牲者の姿に、耐えきれず目を瞑ってしまう者も現れたその時、王族の護衛騎士の制服を身に纏ったバルトさんが現れ、プルースト卿を守る。
犯人役《ディラン》の剣を受け止めたのだ。
「下がってな、ボウズ!」
「ふむ、”王室の紅蓮の盾”と名高きバルト卿か」
「いかにも。数多の流派を道場破りし”蒼氷の破滅覇者”と恐れられた貴殿と手合わせできるとは光栄ですな」
「懐かしい呼び名だな」
2人は顔を見合わせてニヤリと不敵に笑った。まるで、宿命の敵に会ったかのように。
バルトさんは犯人役《ディラン》の剣を流して間合いをとる。護衛騎士の制服である黒地のマントが華麗にはためき赤い裏地を見せる。隙のない身のこなしだ。
お楽しみのところ水を差すようなことを言うが、2人して新たな世界観を開拓しようとするな。
シナリオが終わったとはいえ、ここは乙女ゲームの世界だぞ。
魔王がいるのに放置プレイされているようなこの世界で、いい大人たちがこぞって右目が疼きそうな通り名で呼び合うな。聖なる勇者の伝説が生まれる前にあなたたちの黒歴史が刻まれてしまう。
そして神聖な図書館を血だまりにしようとするな。知識と博愛を司る女神イーシュトリアへの冒涜だぞ。
バルトさんは図書塔が解体されてからはエドワール王太子の護衛をしているはず。
お仕事はどうしたのだろうか?
ありがたいのかどうかわからないが、その疑問はすぐに答えが出た。
聞き慣れた声が話しかけてきたのだ。
フェリエール王国第一王子で次期国王、エドワール王太子殿下が。
「おー、やってるねぇー」
「王太子殿下?!」
「視察に来たよ」
いつも通りの【俺様担当】な微笑みで告げられて何となく察した。
サボりをそれっぽいスケジュールに言い換えましたね。
図書塔を守っていた近衛騎士たちはみな、王太子殿下直属の騎士となった。
もとより王族の護衛をしてもおかしくないほどの腕を称された実力者たちだ。
それなのに、やはりこの人はそんな騎士たちと互角に闘ってしまうのね。いや、バルトさんが押されつつあるな……恐ろしい。
彼には伝説がある。今の私と同じ管理課に所属していたとき、出張中に盗賊に遭い、居合わせた近衛騎士の剣を奪って返り討ちにしたらしい。
この人、本当にいつか騎士にジョブチェンジしてしまうのではないだろうか。
王国の頭脳と呼ばれるハワード公爵家が歴代の王立図書館館長や宰相を輩出しているから次期跡継ぎとしてそれにならっているだけで、実は騎士になりたいのではと勘繰ってしまう。
今回の訓練も自分を鍛えるために率先して犯人役を買って出るほどだ。司書としての仕事をこなしているから気づかなかったけど、剣を握りたいという想いを封印しているのかもしれない。
あくまで仮定だけど。こんど彼の気持ちを聞いてみようかな。私はまだまだ、彼のことを知らない。彼は私の好きな物からクセまで全部知っているというのに。
……それにしても、視察にしては彼につく護衛騎士の数が多いな。前に来た時はそれこそ2人くらいだったけど……。
その時は確か、「同じ王宮内だからそんなに護衛をつけなくても大丈夫だよ~」とか言っていた気がする。
これはただのサボりじゃないな。
暇を持て余した王太子殿下のお遊びに付き合わされたのだろう。
護衛騎士の中にいるドゥブレーさんとバイエさんがこちらを見て申し訳なさそうにしているのがその証拠だ。
というのも、この国の国王陛下と次期国王陛下の楽しみは宰相の息子ディラン・ハワードをからかう事なのだ。物怖じしない彼をいかに動揺させるのかを競い合っているのだという。……仕事をして欲しいものである。
おそらく王太子殿下はどこかから彼が犯人役をすることを聞いて嬉々として遊びに来たのだろう。
「王太子殿下、ディランが犯人役をするのを知って見物に来ましたね?」
「ええ~?そんなことないよ?」
「なんなら護衛たちとのリアルバトルを見ようとしていますね?」
「ええ~?違うよ~?」
おどけたような声で否定をしつつあさっての方向を向いている。
図星のようだ。
絶対、何か企んでいる。この陽キャラのことだ、とんでもないことをしでかすような気がしてならない。
ますます笑えなくなってきたぞ。
しかし、司書官たちは皆不安の色が滲んでおり、中には緊張のあまり同じミスを繰り返す者まで現れた。
無理もない。
私たちがこれから相手するのは、あの副館長なのだから。
やがて、打ち合わせ通り【第一発見者】の司書官が大声を上げる。
司書官たちが本棚に手を当てて防犯の魔法をかける。その次に防御魔法を被せ、本たちを守る。
図書館のあちこちで魔法の光が灯る。初動としては申し分ない対応だろう。そして司書官たちはみな吹き抜けにある中央受付広場に集まった。
王立図書館の中では一番広い場所。仲間と力を合わせて本を守るため、ここで犯人を拘束しなければならないのだ。
誰もが息を殺している。
カツン、カツンと大理石の床を確実に踏み進めてくる靴音が聞こえてきたのだ。
みんな、緊張した面持ちで身構えた。
靴音ともに、なぜか魔獣の鳴き声のようなものも聞こえてくる。
一体、なぜ?
首を傾げていると、黒い鎧と外套に身を包み、フードを深く被った犯人役《ディラン》が現れた。
フードから覗く氷のような瞳が光を帯びているように見えるのは気のせいだろうか?
冷酷で狂気的な犯人のそれを完全に再現なさっている気がする。
しかも、禍々しくどす黒いオーラを放ち、後ろには召喚獣やらなんだか風格のある男性や女性の精霊みたいなものやらを従わせている。
こ こ は 魔 王 城 か ?
後ろに居る人間たちは何?超常能力持ってる守護霊?それとも英雄の霊?
ついにあなたもその世界観に手を出してしまったのか。
全司書官たちが束になっても敵わなさそうなパーティーを前に、みんな立っているのもやっとな様子だ。
館内は沈黙に包まれた。
ええ、それはもう、静かすぎて逆に耳が痛くなるほどに。
若い司書官たちが気圧されて震えている。
有事の際に本の力を借りて戦うはずの戦闘部隊の面々も怖気づいている様子だ。
無理もない、彼らはディランの王立図書館伝説での一番の被害者だ。なぜなら、彼は兼任でそこに所属していたのだが、部下たちに騎士団にも劣らぬ過酷な訓練をさせたらしい。その過去を思い出させられたのだろう。
犯人役《ディラン》は静かに用件を告げた。
「魔法書をいただこう。抵抗すれば容赦はしない」
イヤイヤイヤ、もうあなた魔法書の力とかいらないでしょ?
その領域《レベル》まで到達して他に何が欲しいというのだろうか。
デュラン侯爵が犯人の前に進み出た。相まみえた彼らをみんなが固唾を飲んで見守る。
「あなたの好きにはさせないよ!ゆけっ!プルースト卿!」
「えええええ??!」
容赦のないデュラン侯爵が今年入ったばかりの新人くんを繰り出した。あなたが戦うのではないんですね。新人には経験が必要と言っていたが、これは規格外の経験なのでは?
華々しいポージングをするデュラン侯爵の前に出された若い司書官は血の気が引いてしまっている。なんとも同情してしまうコントラスト。
可哀そうに、プルースト卿。
君の犠牲は後に語り継がれるだろう。
幾人もの上級司書官たちが祈りのポーズを構え始めた。
……いや、止めろよ。なんなら彼が犯人役を自己申告したときに止めて欲しかった。館長もなぜ最後に承認をしたのか気になるところ。
犯人役《ディラン》は腰に差していた模造剣を抜く。訓練用の木製の剣だ。
「抵抗する気か?忌々しい」
彼が剣を構えると、青白い光が放たれ剣に光が宿る。武器の強化魔法だ。なんで怪我人出さないための模造剣に強化魔法かけている?
あなたなら初期装備の木の枝くらいでも一瞬で人を殺められるでしょうに。
これじゃあ犯人役《ディラン》と新人くんの戦闘能力差はもはやドラゴンとヒヨコくらいかけ離れている。
哀れなプルースト卿が果敢にも捕縛や拘束魔法を放つが、全てかわされてしまう。
あえなく追いつめられた若き犠牲者の姿に、耐えきれず目を瞑ってしまう者も現れたその時、王族の護衛騎士の制服を身に纏ったバルトさんが現れ、プルースト卿を守る。
犯人役《ディラン》の剣を受け止めたのだ。
「下がってな、ボウズ!」
「ふむ、”王室の紅蓮の盾”と名高きバルト卿か」
「いかにも。数多の流派を道場破りし”蒼氷の破滅覇者”と恐れられた貴殿と手合わせできるとは光栄ですな」
「懐かしい呼び名だな」
2人は顔を見合わせてニヤリと不敵に笑った。まるで、宿命の敵に会ったかのように。
バルトさんは犯人役《ディラン》の剣を流して間合いをとる。護衛騎士の制服である黒地のマントが華麗にはためき赤い裏地を見せる。隙のない身のこなしだ。
お楽しみのところ水を差すようなことを言うが、2人して新たな世界観を開拓しようとするな。
シナリオが終わったとはいえ、ここは乙女ゲームの世界だぞ。
魔王がいるのに放置プレイされているようなこの世界で、いい大人たちがこぞって右目が疼きそうな通り名で呼び合うな。聖なる勇者の伝説が生まれる前にあなたたちの黒歴史が刻まれてしまう。
そして神聖な図書館を血だまりにしようとするな。知識と博愛を司る女神イーシュトリアへの冒涜だぞ。
バルトさんは図書塔が解体されてからはエドワール王太子の護衛をしているはず。
お仕事はどうしたのだろうか?
ありがたいのかどうかわからないが、その疑問はすぐに答えが出た。
聞き慣れた声が話しかけてきたのだ。
フェリエール王国第一王子で次期国王、エドワール王太子殿下が。
「おー、やってるねぇー」
「王太子殿下?!」
「視察に来たよ」
いつも通りの【俺様担当】な微笑みで告げられて何となく察した。
サボりをそれっぽいスケジュールに言い換えましたね。
図書塔を守っていた近衛騎士たちはみな、王太子殿下直属の騎士となった。
もとより王族の護衛をしてもおかしくないほどの腕を称された実力者たちだ。
それなのに、やはりこの人はそんな騎士たちと互角に闘ってしまうのね。いや、バルトさんが押されつつあるな……恐ろしい。
彼には伝説がある。今の私と同じ管理課に所属していたとき、出張中に盗賊に遭い、居合わせた近衛騎士の剣を奪って返り討ちにしたらしい。
この人、本当にいつか騎士にジョブチェンジしてしまうのではないだろうか。
王国の頭脳と呼ばれるハワード公爵家が歴代の王立図書館館長や宰相を輩出しているから次期跡継ぎとしてそれにならっているだけで、実は騎士になりたいのではと勘繰ってしまう。
今回の訓練も自分を鍛えるために率先して犯人役を買って出るほどだ。司書としての仕事をこなしているから気づかなかったけど、剣を握りたいという想いを封印しているのかもしれない。
あくまで仮定だけど。こんど彼の気持ちを聞いてみようかな。私はまだまだ、彼のことを知らない。彼は私の好きな物からクセまで全部知っているというのに。
……それにしても、視察にしては彼につく護衛騎士の数が多いな。前に来た時はそれこそ2人くらいだったけど……。
その時は確か、「同じ王宮内だからそんなに護衛をつけなくても大丈夫だよ~」とか言っていた気がする。
これはただのサボりじゃないな。
暇を持て余した王太子殿下のお遊びに付き合わされたのだろう。
護衛騎士の中にいるドゥブレーさんとバイエさんがこちらを見て申し訳なさそうにしているのがその証拠だ。
というのも、この国の国王陛下と次期国王陛下の楽しみは宰相の息子ディラン・ハワードをからかう事なのだ。物怖じしない彼をいかに動揺させるのかを競い合っているのだという。……仕事をして欲しいものである。
おそらく王太子殿下はどこかから彼が犯人役をすることを聞いて嬉々として遊びに来たのだろう。
「王太子殿下、ディランが犯人役をするのを知って見物に来ましたね?」
「ええ~?そんなことないよ?」
「なんなら護衛たちとのリアルバトルを見ようとしていますね?」
「ええ~?違うよ~?」
おどけたような声で否定をしつつあさっての方向を向いている。
図星のようだ。
絶対、何か企んでいる。この陽キャラのことだ、とんでもないことをしでかすような気がしてならない。
ますます笑えなくなってきたぞ。