番外編~うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する~

笑ってはいけない王立図書館防犯訓練-3

 護衛騎士が代わるがわる相手をするが、犯人役《ディラン》は息を乱すことなくあしらってゆく。

 戦いのプロである彼らでさえそんな状態のため、文官である司書官たちは手も足も出せない状況だ。

 これでは埒が明かない。焚書魔術組織と対峙した手練れ()の出番だろう。
 拳を握り、彼らの方に進み出る。

「私が相手です!これ以上あなたの好きにさせません!」
「危険ですフェレメレン嬢~!」

 前に出ると、ドゥブレーさんが慌てて庇いに来る。

「君はまた、己を過信して危険に足を踏み入れるのか?」

 そう言うと、犯人役《ディラン》は騎士たちを吹っ飛ばして私に向き合った。

「ええ!守りたいものを守るべく立ち向かうのです!何も守れず見ているだけなんてできません!」
「……!」

 犯人役《ディラン》が息を呑んだ。

「夫婦喧嘩かぁ~?いいぞやっちゃえ~!」

 思わぬ野次が飛んでくる。読書用のソファにどっかり座って高みの見物を興じている王太子殿下が仰ったのだ。
 
 陽キャラぁぁぁぁ!そういうのは新聞とワンカップ持って河川敷で座ってるオジサンが言うものよ?!

 いや、少年野球にヤジを飛ばすオジサンだってもう少しひねりがきいたことを言ってくるはずだわ。
 このお方、あれですわね。本当に次期国王なのかしら。……いかん不敬だ。不敬だが、もう少し威厳を持っていただきたい。

 ジト目をお見舞いしそうになるのを堪えて犯人役《ディラン》に捕縛や拘束魔法を放つが、ことごとくかわされる。一気に距離を縮められそうになると、バルトさんたちが間に入って助けてくれる。

 これまでの敵と動きが全く違う。バルトさんたちのサポートが無いと本当に死んでいると思う。てかこれ本気だよね?本気で殺しにかかってきてるよね?

 この人(ディラン)、敵じゃなくて本当に良かった。

 魔法が全てかわされてしまう。意気揚々と勇み出たが、私も大概だ。プルースト卿のことを責められない。
 デュラン侯爵にチラと視線を走らせ応援を求めるが、彼は拳を握って「頑張って!」って口パクしてくる。ウインクを添えて。

 欲しいのはそっちの応援じゃないんだなぁ……。

 歴史ある王立図書館の床に傷をつけたくなかったから避けていたけど、土属性の魔法を使って足元から崩そうかな、なんて考えていると、エドワール王太子殿下に名前を呼ばれる。

「シエナちゃん!受け取れ!」

 彼は本を投げ渡してきた。
 日記帳のようだ。これもセレスティーヌ王女殿下の絵本のように王族が遺した魔法書なのだろうか?
 想いが強くて魔力が宿ったのかもしれない。

「俺が最適なページに栞を挟んで呪文に印をつけておいた!それを唱えるんだ!」
「止めろ!開けるな!!!」

 犯人役《ディラン》は表紙を見るなり急に動揺し始めた。 

 どうやら新しい魔法が書かれているようだ。
 受け取った私は黒い手袋の裾を引っ張り上げて気合を入れる。新しく使う魔法に、期待と不安が入り混じる。

 何属性の魔法だろうか?
 威力とか心配しなくてもいいよね?いくら殿下でもみんなを吹っ飛ばすような魔法は勧めてこないよね?

 本を奪いに来る犯人役《ディラン》を、バルトさんとドゥブレーさんが相手になって食い止めている。

 奪われるのも時間の問題だ。

 王太子殿下の言う通りに栞が挟んであるページを開き、赤いインクで囲まれている部分を一息に読み上げた。声を張り上げて。

「……平和な日々が続くと、またこの人が消えてしまうのではないかと不安が募る。いつどんな時でも守れるように私は己を鍛え続けねばならない。シエナ、私はこれからも何度でも君を……?!」

 最後まで読みかけそうになって気づいた。これは呪文じゃない。誰かが綴った心情である。

 これ、もしや……もしや、もしやじゃなくてほぼ確定でディランの日記?

 カランと音がして、犯人役が地面に膝を突いた。剣を手放してしまい、バルトさんとドゥブレーさんに取り押さえられる。
 今やギャラリーに交じって闘いの行方を見守っていた召喚された方々が消えていった。

 フードが脱げて、彼の顔が晒される。

 おおおおお!?

 あの裏ボスがいつになく弱った表情で助けを求めるようにこちら見つめていらっしゃる。これはちょっと反則なくらい可愛く見える。
 思わず歓喜の声が漏れてしまいそうになった。

 どうやら王太子殿下と私の合わせ技が痛恨の一撃(クリティカルヒット)を与えたようだ。私はほぼ巻き込まれただけなんですけど。いや、もっと詠唱する前に確認していたらこんな事故は起こらなかったんですけど。大規模な魔法の呪文は長いからあまり違和感なかったというかなんというか……。

 ごめんなさい、ディラン。

 しかし……普段は余裕たっぷりな彼がこんなにも顔を真っ赤にして眉尻を下げていると、ときめきどころか母性が生まれてしまう。

 ひとまずこの公開処刑された犯人役《ディラン》の身柄を護送しよう。
 
 彼の元に行ってしゃがむ。
 とりあえずフードで顔を隠してあげようと思い手を伸ばすと、顔を私の肩に埋めてきた。彼の顔が当たっている部分がとっても熱い。

「……エドワールにしてやられた」
「ご愁傷様です」

 どうやら殿下は、最近ディランの家に頻繁に訪れていたらしくその時に日記を持っていかれたようだ。

 そのままフードを被せてあげて、バルトさんに反対側の肩を担いでもらって退場することにした。

 私たちの背後では次期国王が腹を抱えて笑う声が聞こえてくる。
 陽キャラよ、これが狙いだったのね。最近大人しいから何かしてくると思っていたけど、盛大にやってくれたわね。

 だれか、お決まりの「アウトー!」を言ってやってください。

「うん、愛だな!愛の呪文だ!うん!オジサンは嬉しいぞ!」

 こういう話題に飢えていたのだろう。外に出るまでしきりに愛の呪文について口にされるバルトさん。

 止めてあげてください、オジサン。
 この人は今、公開処刑されてHPがゼロなんです。傷口に塩を塗らないであげてください。追い塩ですよそれ、追い塩。

×××

 夕食では、ディランはいつもより口数が少なかった。無理もない、私が彼ならしばらく寝込むくらいのダメージであるのだから。

 ただ、今日はちょっといつものお返しをしてやろうと思う。

「これからも何度でも私の事を守ってくださいね」
「……もちろんだ」

 じわじわと火照る彼の顔が、らしくなくて可笑しい。
 意地悪してごめんなさい。そんな表情を見せられたらお腹いっぱいだ。

「私はあなたのことを守りますから」
「頼りにしている、婚約者殿」

 意外な返答が返ってきて驚いた。
 前までの彼なら危険に晒したくないと言って止めてきそうだが、どうやら今回の防犯訓練で彼の気持ちも変わったらしい。

 くすぐったい感覚が広がってゆく。

 帰り道、私は彼に騎士になりたかったのか聞いてみた。意外なことに、彼はそのつもりは全くなかったのだという。

「でも、あんなに強いのに更に鍛えているのでしょう?鍛えるのは息抜きですか?」
「……いや、備えのためだ」
「備え?」
「ああ、初めてシエナと出会った人生の時のように、何も守れない自分になってしまうのが怖い」
「ディランに弱いときがあったんですか?意外ですね」
「弱かったよ。剣なんて幼い頃に体力づくりのために握ったくらいだった」

 彼は自嘲気味に笑った。

「それに、身体も今ほど丈夫じゃなかったな。顔色が悪いから休めと君によく寝かしつけられていた。あと……ラジオ体操?という名前の珍妙な動きをさせられたな。運動が必要だと言われて」
「……そ、そんなことが……?!」

 まったく想像できない。私が知っているのは、体力無尽蔵で何故か剣術に長けていて……できないことは何も無い裏ボス侯爵の彼だ。
 私が彼を寝かそうとしたり運動させようとしていたのにも驚きだ。というより、何をやらせていたんだ過去の私は。

 いったい昔の彼はどんな人だったのだろうか?

 私の知らない彼を見てきた昔の自分が羨ましい。
 ラジオ体操しているところ見てみたいな。シュールな絵面を思い浮かべてしまうが……。ノアにもさせていたんだろうなぁきっと。

「塔に籠りきりではいけないから休暇をとって外に出てこいとも言われたな。それこそ、ピクニックでも行って外の空気を吸ってみてはどうかと」
「それでは、ピクニックに行けて私の長年の願いが叶ったのですね」
「そうだな」

 ディランが立ち止まり、私たちは向き合うようになった。彼は私の肩に顔を埋める。肩にかかる微かな重みや、ほろ苦い香水の匂いに安心する。

「世話焼きで、猪突猛進で、好奇心旺盛な君が居るから、これからも傍に居て欲しいから、私は頑張れる」

 優しい声が耳に届く。私は手を繋いでいない方の腕を彼の背中に回した。この心を彼に伝えたい。けれど言の葉には変え難いものだから、こうすることで精いっぱい伝えたい。

 しかし、猪突猛進は異議ありですよ。



 後日、訓練はデュラン侯爵を犯人役にしてやり直しになった。ポージングやら口上やらが独特な犯人役だったが、彼との戦闘は新人司書官たちの良い経験になったようだ。

 ちなみに、あの日記公開(黒歴史)のおかげで司書官たちはディランへの好感度が上がったとのこと。
 前より話しかけやすくなったのだとか。


 どんな状況も好転させる婚約者様、さすが裏ボスです。
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