フラワーガールは御曹司の一途な愛から離れられない。……なんて私、聞いてない!
「お前は御曹司の妻という立場も、社長秘書という社会的地位もいらない。そのうえ雑用を押し付けてくる社員をかばうなど――」

 社長は文字通り右手で頭を抱え、考え込んでしまう。

「もしかしてこれ、お詫びとかお礼のつもりだったんですか?」

「まあ、それもある。昨夜、お前の勤め先が『ハピエストブライダル(この会社)』と聞いて驚いたが、これを使わない手はないと思った」

「……なら、全然お詫びにもお礼にもなりませんね」

「だろうな……」

 言いながら、社長はため息をこぼす。
 私もため息をこぼして、社長に向かって言った。

「私は、自分の手の届く範囲で、小さな幸せを感じられればそれでいいんです。地位とか、名誉とか、大金とか、立場とか、そういうのはいらないんです」

「庶民というのは、そういうものなのか?」

「……皆が皆、そうじゃないとは思います。でも――」

 社長の目を見る。
 くりっとしたその瞳に、私の思いが通じるようにと想いを込めて。

「私はちっぽけでもいいから、ささやかな幸せを感じていたいんです。仕事を通して、お客様に喜んでもらう。そんな今の仕事が、私の幸せなんです。お礼とかお詫びっていうなら、私をフラワーデザイン部に戻してください」

 言い切っても、社長は何も言わない。
 沈黙したまま、二人で見つめ合った。

「――変わってるな、お前」

 やがてそう言った彼に、私も「あなたも変わってますよ」と返した。

 それから社長は、何かを考え込むよう黙り込んでしまった。

 私も徐々に冷静さを取り戻してゆく。
 改めて考えたら、彼の言っていることも間違ってはいないのだと思い直した。

 世の中には、高い地位が欲しかったり、手の届かないものが欲しい人がいるのは事実だ。
 彼の周りの人は、そういう人ばかりだったのかもしれない。

 それに、昨日はお酒を飲みながら、共感もしてくれた。
 先輩をクビにする件に関しては、経営者としては正しい判断なのかもしれない。

 だからと言って、私がそれを決めてしまうには責任が重すぎるけれど。

 互いに黙り込み、しばらくの後、社長が口を開いた。

「お前には、よっぽど今の仕事が性に合っているようだな」

 彼が寂しそうな笑みを浮かべていると思ったのは気のせいだろうか。
 けれど、私はその声にこくりと頷いた。

金井(かない)、彼女をフラワーデザイン部に戻してやれ」

「かしこりました」

 私をここに連れてきた男性が、そう言ってにこやかな笑みを浮かべた。
 ずっと私の背後に控えていたらしい。

 私は男性に連れられて、社長室を後にした。
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