フラワーガールは御曹司の一途な愛から離れられない。……なんて私、聞いてない!
 終業後、オフィスを出たところで金井さんが私を待っていた。

「社長は外回りの挨拶に出ておりますが、もうすぐ戻られるかと。そのままディナーへお連れしたいとのことです」

「は、はぁ」

 それで金井さんと一緒に会社を出る。
 すると、ちょうどそこに黒塗りの車が一台止まった。

 金井さんは躊躇いもせずにドアを開く。
 シックで高級感漂う広い座席に、社長が乗っていた。

「どうぞ」

 金井さんに言われ、乗り込まないわけには行かない。

「えっと、お邪魔します……」

 乗り込んだ車内は、思っていた以上に身体が沈み込んでゆく、ふかふかなシート。
 金井さんがドアを閉めると、ゆっくりと車が発進した。

 *

 嘘、ここって――。

 着いたのは、憧れの高級イタリアン。
 超がつくほどの人気店で、予約は半年先まで埋まっているというレストランだ。

「どうした、突っ立って」

「だって――」

 どうして予約が取れたのか、なんて野暮なことは訊きたくない。
 きっと、お金持ちはこのくらい屁でもないのだろう。

「お前が行きたがっていた店なのだろう?」

「どうしてそれを!」

「俺を誰だと思っている。こんな小さなこと、調べればすぐに分かる」

 そういうものなのか、と不思議に思っていると、不意に腰を抱かれた。

「こういうところでは、男性が女性をエスコートするものだ」

「そ、そうですか……」

 いきなりゼロ距離で話されて、鼓動がおかしいくらいに早くなる。
 きっとこれも、嫌な方のドクドクだ。

「分かっている。庶民はこんなところで食事などしないと思っているのだろう?」
 
 耳元で囁かれ、ぴくりと肩が震える。

「今日は『社長』と『社員』として、食事をして欲しい。たまの贅沢は嬉しいものだと、金井が言っていた。棚から落ちてきた牡丹餅くらいに思ってくれればいい」

 なるほど、ちょっとは彼も庶民感覚が分かってくれたのかと嬉しくなる。
 けれど。

 運ばれてきた、イタリアンのフルコース。
 それを目の前で嗜む彼は、あまりにも優雅なフォーク・ナイフさばきで。

 えっと、カトラリーは外側から使うんだよね……。

 あたふたとしながらテーブルマナーを気にするせいで、どれも美味しいはずなのに、全く味がしない。

 せっかくの高級イタリアンなのに、むかむかと胃が痛くなってくる気さえした。
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