フラワーガールは御曹司の一途な愛から離れられない。……なんて私、聞いてない!
 本社に戻ると、そこでも女性社員の会話は社長のことばかりだった。
 どうやら、本社から店舗までくまなく巡回し、社員の現状把握に務めているらしい。

「今までの社長と違う」
「社員に寄り添ってくれる」
「御曹司だって言ってたけれど、庶民目線だよね」
「しかもイケメン♡」

 そんな話がオフィスでひそひそと話され、話を振られれば「そうですね」と答えた。

 社長の人気が出るのは、嬉しい。
 けれど、それだけ社長が遠いところへ行ってしまったよう。

 元々違う世界に住む人なのだから、当たり前ではある。
 それでも一緒に社長の家で缶ビールを飲んだあの日が、とても遠い日のような気がしてしまう。

 こんな気持ちになる理由は、分かっている。
 社長を知っているのは私だけだという優越感が無くなる危機と、ちょっとした独占欲と、それが叶わぬ嫉妬心。 

 この気持ちは、好きじゃなきゃ生まれない。

 ――私、いつの間にこんなに社長のこと……。

 *

 社員の間で社長の株が爆上がりしてから、一週間が経った。
 相変わらず私は、社長とは会えていない。

 仕事が休みである今日は、昼まで寝ていた。
 ここのところ、寝つきが悪かったから仕方ない。

 社長にもらったチョコレートコスモスに「遅くなってごめんね」とお水を替える。
 花びらはもう、三枚しか残っていない。
 それでも、健気に残り続ける花びらの為に、毎日お水を替え続けた。

 けれど。

「あ……」

 花瓶に挿したチョコレートコスモスは、その花びらをひらりひらりとテーブルに落とす。
 一枚、二枚、……三枚。

 落ちてしまった。
 真ん中の部分と、茎だけを残して。

「嘘……。そっか、幻だったんだ」

 言いながら、声が震える。
 けれど、きっとこの恋は、花びらが落ちるまでの、幻。
 
 いい加減、夢から醒めないとね。

 言い聞かせ、もう花びらのないチョコレートコスモスを花瓶から揚げる。
 キッチンのダストボックスに、茎だけのそれを放ろうとして――

「う、ぐ、ふぇ……」

 ――涙が止まらなくなった。
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