フラワーガールは御曹司の一途な愛から離れられない。……なんて私、聞いてない!
 本当に、何をしているんだろう。
 結局、バカを見た。

 赤いペチュニアは床の上に落ち、私は抵抗もできないくらいに取り押さえられる。

 好きだと伝えようと思った。
 その相手が、御曹司であるとしても。

 けれど、こんな高級な料亭に、ジャージのすっぴん女。
 不審者でしかない。

「ごめんなさい、何でもないんです……」

 全身から力が抜けていく。
 きっと、このまま追い出されて終わりだ。
 涙がほろほろと溢れ、頬を伝った。

 もっと他に、やり方だってあったはずなのに。
 本当に、バカすぎる自分が嫌になる。

 なのに。

「手を離せ、彼女は私の客人だ」

 うつむいてしまった顔を上げた。
 大好きな人が、目の前にいた。

「社長……」

 急に解放され、身体がふっと軽くなる。
 同時に倒れそうになり、すんでのところで踏ん張った。

「どうして、ここに……」

「それは俺のセリフだ。こんなところで何をしている」

「…………」

 本当、何をしようとしていたんだろう。

 何を言っても許されない気がして、私は押し黙った。
 目頭がまた熱くなり、泣くまいと思うのに涙が溢れてしまう。

 社長はため息をこぼし、私の顔をのぞき込む。

「……ごめんなさい」

 小さな声で謝罪を告げることしか出来ない私に、社長はまたため息をこぼした。

 それから、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
 やがて私の足元で止まると、そこに落ちていた赤い情熱の花を拾った。

「ペチュニア……これは、お前が?」

 しゃがんだままの社長に見上げられ、こくりと頷く。

「お前は何をしようとしていた」

「私は、……」

 やっぱり怖くて言えなくて、押し黙ってしまった。
 すると社長は立ち上がり、私の頭にその大きな手をぽんと乗せる。
 ドクンと大きく胸が跳ね、同時に涙が溢れ出した。

「別に怒ったりはしない。俺はお前――美緒が、何をしに来たのか知りたいだけだ」
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