御曹司の金持くんはマイペースな幼馴染にめっぽう弱い
 明日から白湯、飲もうかな。
 胃の中に優しく染み渡る感覚に、ちょろい私はそんなことを考えた。
 ちまちまとマグカップに口をつける私とは対象的に、金持くんのほうじ茶の減りは悪い。

「……吐いた後、すぐに店出たのか?」
「あ、うん。お金だけ払って早々に」
「あそこで座り込んでたのは?」
「あれはえっと、駅から出たら急に雨が降ってきて、折りたたみ傘持ってなかったから慌てちゃって……足を滑らせまして」

 昔から何かと注意が足りないので、傘も忘れたなら足元もよく見えてなかった。
 またやってしまったと、いつもなら笑って済ますけど──さっきは、なかなか立ち上がることが出来なかった。

「何か、急に惨めな気分になってね。ぼうっとしちゃってた」

 自分で言うのも何だけど、私は比較的平和な世界にいると思ってた。
 大きな怪我はしたことないし、いじめられたこともないし、犯罪に巻き込まれたこともない。暗いニュースが多い世の中、のほほんと生きてこられたのは幸運なことだと思う。
 だからこそ今日のことは驚いたし、どう対処すればいいのか全く分からなくて、怖かった。

「全然知らない人から体触られるのって、あんな気持ち悪いんだね」
「……直田」
「でもあの、金持くんが声掛けてくれたから、今はだいぶマシになったよ。ありがとう」

 私は努めて明るい声を出した。金持くんがちゃきちゃきと世話を焼いてくれたおかげで、元気が出たのは本当のことだったから。
 思えば小学生の頃も、不注意が目立つ私のことをよく引っ張ってくれたなぁ、なんて思い出に浸ろうとしたときだった。

 ぽこっ、とどこかでスマホが鳴る。

 金持くんが手元のスマホを一瞥して、かぶりを振った。

「じゃあ私だ」

 鞄に入れっぱなしだったスマホを取り出して、画面を点けた私は固まってしまった。

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