義弟の恋人
まだ話が見えず混乱している私の表情に、奈美子さんは再びアイスコーヒーを口に含むと、口元を歪めた。

「皐月ちゃんだっけ。あなた彼氏いる?」

何故そんなことを聞かれるのかも判らないまま答える。

「いません。」

「そっか。じゃあ好きな男の子は?」

頭に浮かび上がった廉の顔をあわてて打ち消す。

「いません。」

「そう。」

自分から聞いておきながら、次の瞬間まったく興味のないようなそぶりを見せる。

そして急に核心にせまった言葉を吐いた。

「皐月ちゃん、廉と私の関係を知りたいのよね?」

「それは言われなくてもわかっています。恋人、ですよね。」

自分の口から飛び出た恋人、という言葉に打ちのめされる。

「違う違う。廉は私のことなんか全然好きじゃないの。」

「じゃあ、なんで・・・」

「いいこと教えてあげる。」

奈美子さんがローズピンクの唇を引き上げた。

「廉は身代わりなの。」

「身代わり・・・?」

「私が愛しているのはこれまでもこの先も、ずっと誠一郎さんだけ。私は誠一郎さんと付き合っていたの。いわゆる不倫の関係ってやつ。」

「廉のお父さんとあなたが不倫・・・?」

冬実さんが今も大切な想いを持ち続けている誠一郎さんが、廉の良き父親だった誠一郎さんが・・・不倫?

にわかには信じがたく、私はただ呆然としていた。

そんな私の様子など気にもとめず、奈美子さんは話し続けた。

「誠一郎さんは私の会社の上司だったの。優しくて頼もしくて、私はすぐに誠一郎さんを好きになった。でも誠一郎さんはすでにほかの女性のものだった。」

「・・・・・・。」

「ある日、仕事でミスをして落ち込んだ私を慰めるために、誠一郎さんは食事に誘ってくれたの。私はあふれる想いを隠し切れなくなって駄目もとで告白した。あなたが好きですって。最初は困惑していたけれど、誠一郎さんは私の想いに応えてくれた。嬉しかったな。」

奈美子さんは当時を思い出したのか、穏やかに微笑んでみせた。

「不倫とは言っても、誠一郎さんは心から私を愛してくれていたわ。時期を見てあの女と別れるって、私と結婚するって、そう誓ってくれていたの。」

「・・・・・・。」

「誠一郎さんは星が好きでね。夜のデートで空を見上げながら星座を教えてくれたわ。そのあとは必ず私のマンションへ寄って、キスをして抱き合ってベッドで深く愛し合った。そして」

「もうやめてください!」

これ以上、こんな話聞きたくない。

冬実さんと廉が誠一郎さんに裏切られていたなんてこと・・・ふたりには絶対に聞かせたくない。

「ごめんね。バージンで潔癖な皐月ちゃんには少し刺激が強すぎたかしら。」

バージンだと馬鹿にされ、私の耳が燃えるように熱くなる。

「だから誠一郎さんが亡くなった時、私の世界は終ったと思った。ううん。今でも思ってる。誠一郎さんは私の全てだったの。」

「・・・・・・。」

「でも・・・私はお葬式にも行けなかった。辛くて悲しくてやりきれなくて。」

奈美子さんはそう言ったあと、人が変わったように目をギラつかせた。

「だからね。私のこの地獄のような心を、あの女にも分けてあげようと思ったの。」

「え・・・?」

「葬式が終わった翌日の午後、あの女と廉が暮らすアパートを訪ねたわ。誠一郎さんと私の仲を教えてあげようと思ってね。」

「!!」

「けど、あの女不在だったのよ。ほんと悪運の強い女!で、そのとき初めて会ったの。廉に。」

「まさか・・・」

私の嫌な予感は的中した。

「廉にあなたと誠一郎さんとのことを話したのですか?!」

「ええ。話したわ。」

奈美子さんはケロッとした顔で言った。

「廉はなんて・・・。」

「ええ。冷静だったわよ?黙って私の話を聞き終えて、私に一言だけ告げたの。このことを母には話さないで欲しいって。冗談じゃない。私はあの女の苦しむ顔が見たかったのに。でも・・・そのときもっといい復讐を思いついたの。」

奈美子さんは悪魔のような微笑みでつぶやいた。

「あの女の大事なものを奪ってやろうってね。私、廉に取引を持ち掛けたの。ねえキミ、私と付き合わない?私と付き合えるなら、お母さんにはこのこと黙っててあげるわよって。」

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