一夜の甘い夢のはず
 滑らかに車が進んでいく。ブレーキで体が前のめりになるようなことなんて絶対にありえない。目をつぶっていたら、自分が今直進しているのかカーブを曲がっているのか、なんなら動いているのか止まっているのかさえわからなくなるんじゃないかっていうぐらい、凄かった。
 一応、私も免許証を持っているけどペーパードライバーだし、人の車に乗っていて運転の仕方が気になったことなんてない。
 それでもわかる。室生さんの運転技術の凄まじさ。
 スーツ姿という私のフェチをくすぐるファッションということも相まって、室生さんに見とれているうちに雅屋デパートが見えてきた。
 とりあえず、親や親戚が来たなら連れていけっていうぐらい、間違いのない老舗デパートだ。
 予算的な問題でなかなか私が足を運ぶことはないけど、友達の結婚祝いとかそれこそ親が来たときに連れて行ったりとか、何度か来たことがある。
 目的地は言っていたとおり雅屋デパートで間違いないみたいだし、なにかあれば車を頼らずとも自力で帰れる。見知らぬ紳士の車に乗ってしまったけど、その事実にホッとした――のも束の間。確かに雅屋デパートなのに、車を降りた私は通ったことのない通路を案内され、存在さえ知らなかった場所に連れて来られていた。
 私が知ってる雅屋デパートは、広いフロアに高級な商品が陳列されている場所なのに、今私がいるのはホテルの一室のようなスペースだった。
 さすがにベッドは無いけれど、ふかふかの黒いソファーにテーブルがあって、なんだかいい匂いもする。

「それでは、よろしくお願いします」

 困惑する私をよそに、室生さんはスーツの女性に私を引き継ぎいなくなってしまう。
 ほんの短い間だけだったけど、スーツの女性よりは親しみを感じていた。置いてかないで! っていう気持ちだったけどそんなこと言えるわけもなく、私はデパートの社員と思しき女性と二人っきりにされてしまう。

「お飲み物はいかがいたしましょう?」

 促されて座ったソファーは凄くふかふかで、ひざまずいた女性にそう聞かれても頭は真っ白。飲み物を聞くならメニューを出してくれって思うけど、出てこない。無難にお水を頼んだらガスの有無まで聞かれるし、頭はもうパニックだった。

「お待たせいたしました」

 出されたミネラルウォーターは華奢なグラスに入っているし、高級そうなチョコレートまで添えられていた。
 本当にここはデパートで合っているんだろうか。確かに雅屋デパートに入ったはずではあるんだけど……
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