一夜の甘い夢のはず
「どのような品をお求めでしょうか?」

 そう微笑まれても、私は引きつった笑みを返すことしか出来ない。
 今、私が欲しいものなんて……ここで、ロボット掃除機に興味があるとか言い出す勇気はなかった。
 朝はギリギリまで寝ていたいタイプだし、帰宅してからだと近所迷惑が気になってしまう。フローリングワイパーで掃除をしているけどやっぱりスッキリしない感じがあって、留守中に掃除機が使えたらなんて便利だろうと思ってた。高くて手が出なかったそれが欲しいと、こんなラグジュアリーな場で言えるわけがない。人の金だからって、あまり高価なものをねだるのもどうかと思う。

「では、こちらでお見繕ってお持ちいたしますね」

 言いよどむ私に雛宮さんが助け舟を出してくれる。
 よろしくお願いしますと頭を下げると、雛宮さんはいったん部屋を出て行った。
 桜雅さんから事情を聞いてくれているみたいだし、道案内のお礼にほどよい品を選んで持ってきてくれるみたいで少し安心する。
 ちょっと高級なブランドのハンドクリームとかなら、まだ受け取りやすいかもしれない。
 友達にデパコスのハンドクリームをプレゼントしたことを思い出しながら考えていると、予想よりも早く雛宮さんが戻ってきた。
 白い手袋をはめた雛宮さんは起毛仕立ての黒いトレーを手にしていた。そのトレーの上には輝きが乗っていた。たぶん、ルンバよりも高価な宝飾品の数々。
 仕事が出来そうな顔をしていったい何を考えているんだろう、雛宮さんは。
 こんな光り物、婚約指輪を買う時まで私には無縁だと思っていた。道案内のお礼にもらっていいような物じゃないことは確かだった。
 眼福、と高校の現代文の教科書で知った単語が脳裏を過る。
 カタログで見るだけでも心躍るような品が現物で手に届く距離にある。こういうのが売っているようなお店は前を素通りしながら眺めるのが精いっぱいで、見えないバリアーが貼られていた。どんなに頑張った自分へのご褒美だとしても、私は私にこれを買ってあげられる甲斐性はない。
 思わず生唾を飲み込んでしまった。
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