一夜の甘い夢のはず
「あの、差し出がましいようですが……」

 トイレまでラグジュアリーなことに驚いていると、案内してくれた雛宮さんが控えめに声をかけてくる。

「麗華お嬢様がおっしゃったことはお気になさらないでください。晴政様は今日、一ノ瀬様にお会いできることを本当に楽しみにされていました。先ほどの品も晴政様が私をお屋敷に呼んでお選びになっていたものなんです」

 思いがけない言葉に驚く。桜雅さんが私のために選んでくれていたものだっていうのもそうだけど、お屋敷に呼んでだなんて……百貨店なのに個室に通されて商品の方がやって来るっていう状況だけでも信じられないのに、百貨店に赴かなくても百貨店の人と物の方が家に来るなんて。それもただの家じゃなくってお屋敷って呼ばれるような凄い家なんだから、本当に私と桜雅さんは住む世界が違うんだと実感させられる。
 トイレの鏡に映る、質素な私の姿。目の前に立つ雛宮さんの方がよっぽど良い服を着ている。
 でも、自分の場違いさを惨めに感じる私の思いと、桜雅さんは関係ない。
 住む世界が違うだけで、きっと桜雅さんは良かれと思って私が喜ぶと思ってたはず。
 電車の中で見た、彼の無尽蔵の優しさが私にそう信じさせた。

 ――桜雅さんに、もう一度会いたい。

 それだけの気持ちでここまで来た。
 やっと桜雅さんに会えたっていうのに、ここで尻尾を巻いて逃げ帰ってしまってもいいの?
 桜雅さんの妹は野良猫の私とは雲泥の差。鼻の先から尻尾の先まで手入れの行き届いた血統証つきのお猫様。そんな彼女の隣に立ってたら、私のみすぼらさはより一層引き立ってしまう。

「雛宮さん、部屋に戻ってください」

 それでも……

「部屋への戻り方はもう覚えましたから」

 帰り道じゃなくて……
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