一夜の甘い夢のはず
「お手数おかけしてすみません。普段は車移動が主なので」

 ホームに向かいながら彼が話しかけてくれる。
 ICカードで慣れてるととか言っちゃったけど、事情は全然違った。車か――運転してる姿もきっとカッコイイんだろうな。一瞬、運転する彼の姿を助手席から眺める自分。そんな妄想が過ぎった。
 初対面でこんな想像失礼かなと思うけど、別にこれから逆ナンしようとかそういうわけじゃないし、胸に秘めていれば許されるよね。
 人込みの中、スムーズに足が進む。いつもだったらこんな妄想している暇がないぐらい、人を避けるのに必死なのに。
 不思議に思って気を付けてみると、彼のお陰だった。
 並んで歩いているようで、半歩彼の方が少し早い。ホームまで案内しているつもりで、さりげなく彼に誘導されている。背が高くて目立つから向こうから避けてくれてるっていうのもあるけど、それ以上に泳ぐように綺麗な動き。人の流れに逆らわないで、でも望む方向に進むよう時に流れを乗り越えながら、真っ直ぐに前を見て進んでいく。
 まさか、人混みを歩く所作に美しさを感じる日が来るなんて……

「こっちですかね?」

「いえ、あっちのホームです」

 でも、さすがに分かれ道では立ち止まって私に聞いてくれた。
 なんだか格好が決まり切らないところが、すごく良かった。

「これからまだお仕事なんですか?」

 無事にホームに着いて、彼と二人電車の到着を待つ。
 彼がこれから向かうのはオフィス街の駅だった。
 高層ビルに一流企業が集まっていて、そこに努める友達の給料も私とは雲泥の差だった。身なりがいいし、彼もそこに務めている人なのかも。給与が良い分残業が多いと友達も愚痴っていたし、まだまだお仕事なのかな。

「ええ。といっても、今日はもう会議が一件で終わりなんですけどね」

「お仕事お疲れ様です」

「ありがとうございます」

 そんな風に微笑みあって他愛もない話をしていたとき、ホーム中の視線を集める声が響き渡った。
 ――子供の声だった。声をした方を見ると、ホームの端で五歳ぐらいの男の子がお母さんの腕から逃れようと体重をかけて泣き叫んでいるところだった。
 お母さんはいかにも法事の帰りですっていう格好をしていて、疲れているはずなのに子どもの手を離すまいと必死だった。

「ちょっと、すみません」

 私は彼に断ると、その親子の元に走った。
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