一夜の甘い夢のはず

一夜の甘い夢

 ――――幸せな夢だった。

 優しく声を掛けられながら触れられて、嫌じゃないか不快じゃないか慮ってくれる優しさに答えるたびに羞恥心が刺激されて熱が増す。
 優しさのはずが最早そういう攻めのようだった。
 そんなところも愛しくて、今この一瞬だけでも彼の目に私しかいないことが嬉しくて、必死で彼にしがみついた。
 それでも結局、好きとも愛しているとも言わなかったし、言われなかった。

 きらびやかな寝室の大きなベッドのなかで丸くなりながら、昨夜を反芻して甘いため息をつく。
 部屋は明るいのに、私の気持ちは曇天だった。
 サヨナラぐらい言いたかった気持ちと、直接サヨナラを言われなくて済んだ安堵感。
 こういうホテルのチェックアウトも普通のホテルと同じ感じでいいんだろうか、もしも料金請求されたらどうしようとかいう現実的な不安も過って浸りきれない。
 スマートな春政さんのことだからそんな不手際はないだろうけど、実は壮大な詐欺の可能性だって……ないな。あるとしても、暇を持て余した御曹司の遊びぐらいかな。こんな薄給保育士を詐欺っても、なんの得もない。
 一夜の火遊びで、身分差の野良猫に手を出したってのが関の山だと思う。
 私との一夜、少しは楽しんでもらえたかな。

 そんなことを考えながら、またため息。

 一人ぼっちのベッドのなかで、私は身を守るように更に丸くなり――胸にチクリと痛みを感じた。
 昨夜のまま、生まれたままの姿ベッドで潜っている私は無防備だった。
 爪が胸に当たったのかと思ったけど、それよりももっと硬くて違和感があった。気になって体を起こして胸元を見ると、異変は胸じゃなくて指にあった。
 左手の薬指。そこに見慣れない装飾があって、それが胸を刺激していた。
 手を掲げて、まじまじと指を見つめる。つけていることに気づかないぐらいフィットしたシルバーのリングがそこにはあった。
 雅屋デパートで雛宮さんに試着してもらったあの指輪を思い出したけど、デザインは全然違う。
 シンプルなリングに大粒のダイヤが一つ嵌っただけのシンプルなデザインで、まるで――
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