一夜の甘い夢のはず
「こちらの電車ですね?」
「はい、そうです」
彼と連れ立って電車に乗り込むと、中はなかなかの混雑だった。奥の座席付近には行けそうにないので、ドア付近に留まる。
「混んでますね」
「この時間は仕方がないですよ」
私にはつかめないドア前のつり革に、彼はゆうゆうと手が届いていた。というか、頭に当たって邪魔だから手で押さえているようにも見える。
本当に背が高い。私の身長なんて、彼の肩にも届いてないかもしれない。
きっと彼に抱きしめられたら、私の体なんてすっぽり隠れてしまう――そんな妄想が過ぎった。
「四つ目の駅で乗り換えです。私はその先で降りるので、駅に着いたらお教えしますね」
邪な感情を追い払うように、道案内の本筋に気持ちを戻す。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
彼はそう言って私に頭を下げたけど、感謝するのはこっちの方だった。
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
私がそう言うと、なんのことかな? という風に彼は曖昧に笑うけど、私は気が付いていた。
走り出した電車の揺れで、並んだ人々の体が右往左往する。そういった人の動きを自分の体でブロックして、私にぶつからないようにしてくれていた。
――彼は、本当に良い人だった。
一つ目の駅でシルバーカートのお婆さんが乗り込もうとしているのに気が付くとさっとカートの下を持って乗り込む手助けをして、お持ちしますと言ってカートを優先座席の方に持って行った。私がカートの代わりにお婆さんの支えになって優先座席に着くころには、みんなに少し詰めてもらってお婆さんの席が確保されていた。
二つ目の駅では降りたお客さんの忘れ物に気が付くとホームに降りて追いかけていって、私が人混みの中に彼を見失い電車が出ちゃうとオロオロしてたら妊婦さんの荷物を運びながら戻ってきた。
背が高くて見渡しやすいって言うのもあるんだろうけど、すごくよく気が付く人だった。それでいて、心得ている人なんだとも思う。
これだけ優しい彼だったら、さっきの親子にもきっと手助けをしようと思ったはず。でも、彼はそれをせずに遠くで見守っているだけだった。自分じゃ泣かせちゃうからって私のすることを見守って、私の方が適任だと判断して、任せてくれた。
彼にそう思ってもらえたことが、凄く嬉しかった。
「すみません」
三つ目の駅では乗客が急激に増えて、彼はつり革からポールに持ち替え、反対の壁に手をついた。そして生まれた小さな空間に、私はすっぽり包まれていた。
他の乗客を押しのけるほど乱暴に空間を作っているわけじゃないから、私と彼の体は軽く触れ合う。
さっきの妄想が、現実になりそうだった。きっと、彼を後ろから見たら私の姿は隠れてしまっている。
「いえ……」
体が触れることを謝罪する彼に答える私は、自分の顔が赤くなってないか気が気じゃなかった。
「はい、そうです」
彼と連れ立って電車に乗り込むと、中はなかなかの混雑だった。奥の座席付近には行けそうにないので、ドア付近に留まる。
「混んでますね」
「この時間は仕方がないですよ」
私にはつかめないドア前のつり革に、彼はゆうゆうと手が届いていた。というか、頭に当たって邪魔だから手で押さえているようにも見える。
本当に背が高い。私の身長なんて、彼の肩にも届いてないかもしれない。
きっと彼に抱きしめられたら、私の体なんてすっぽり隠れてしまう――そんな妄想が過ぎった。
「四つ目の駅で乗り換えです。私はその先で降りるので、駅に着いたらお教えしますね」
邪な感情を追い払うように、道案内の本筋に気持ちを戻す。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
彼はそう言って私に頭を下げたけど、感謝するのはこっちの方だった。
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
私がそう言うと、なんのことかな? という風に彼は曖昧に笑うけど、私は気が付いていた。
走り出した電車の揺れで、並んだ人々の体が右往左往する。そういった人の動きを自分の体でブロックして、私にぶつからないようにしてくれていた。
――彼は、本当に良い人だった。
一つ目の駅でシルバーカートのお婆さんが乗り込もうとしているのに気が付くとさっとカートの下を持って乗り込む手助けをして、お持ちしますと言ってカートを優先座席の方に持って行った。私がカートの代わりにお婆さんの支えになって優先座席に着くころには、みんなに少し詰めてもらってお婆さんの席が確保されていた。
二つ目の駅では降りたお客さんの忘れ物に気が付くとホームに降りて追いかけていって、私が人混みの中に彼を見失い電車が出ちゃうとオロオロしてたら妊婦さんの荷物を運びながら戻ってきた。
背が高くて見渡しやすいって言うのもあるんだろうけど、すごくよく気が付く人だった。それでいて、心得ている人なんだとも思う。
これだけ優しい彼だったら、さっきの親子にもきっと手助けをしようと思ったはず。でも、彼はそれをせずに遠くで見守っているだけだった。自分じゃ泣かせちゃうからって私のすることを見守って、私の方が適任だと判断して、任せてくれた。
彼にそう思ってもらえたことが、凄く嬉しかった。
「すみません」
三つ目の駅では乗客が急激に増えて、彼はつり革からポールに持ち替え、反対の壁に手をついた。そして生まれた小さな空間に、私はすっぽり包まれていた。
他の乗客を押しのけるほど乱暴に空間を作っているわけじゃないから、私と彼の体は軽く触れ合う。
さっきの妄想が、現実になりそうだった。きっと、彼を後ろから見たら私の姿は隠れてしまっている。
「いえ……」
体が触れることを謝罪する彼に答える私は、自分の顔が赤くなってないか気が気じゃなかった。