一夜の甘い夢のはず
「失礼。まだ名乗ってもいませんでしたね――」
彼はポールから手を離し、下車の体勢を整える。
「桜雅晴政と申します」
電車が止まり、扉が開く。
「一ノ瀬百華です!」
下車する人の流れに乗って行こうとする彼に、自分の名前を叫ぶ。
「ではまた、お会いしましょう」
爽やかな笑顔で颯爽と降りていく彼の姿に、胸の中に風が吹く。風が吹いて、私の心をさらっていってしまう。
電車の扉が閉まり、電車が動き出していっても私は人混みの中の彼から目が離せなかった。
人混みの中でもすぐにわかる、彼の高い背。
私が言った通り階段を目指して歩く彼を電車が追い越すとき、彼が私に向かって手を振った。
電車の中の私が見えた? それとも、当たりをつけて勘で? どちらにせよ、彼は私に手を振ってくれたんだ。
嬉しくてたまらなかった。
「おうが、はるまささん……」
彼の名前を口の中で転がす。甘い甘いキャンディーのような味が口の中に広がるようだった。
今度の土曜日。十五時に、出会ったあの駅で。
担がれただけかもしれない。本気にしてのこのこ待ち合わせ場所に行ったら、すっぽかされて泣きを見るだけかもしれない。名前を聞いただけ。連絡先も交換していない。でも、私の頭の中は土曜日なにを着ていこうかということでいっぱいだった。
いけない。
自分も駅に着いたら降りて、やることがいっぱいあるのに。
まず駅前のATMに寄って、それからスーパーで買い物して、家に帰ったら朝干した洗濯物を取り込んで、晩ごはん作って食べて、ああそうだ。電車と車のカードあの子にあげたから、その分もまた作り直しておかないと。
浮かれてしまう自分をなだめるために、今夜の予定を立てる――立てているときに、ふと引っかかるものがあった。おうがはるまさ……おうが……私のメインバンクは桜雅銀行という財閥系グループのメガバンクだった。
珍しい名前だから、関係者だったりするのかもしれない。曾祖父の甥の姪のハトコのなんやらかんやらが実が社長ですみたいな。
そんなことを考えながら、一人でおかしくなってしまう。
土曜日が楽しみで、こんな気持ちは久しぶりだった。
彼はポールから手を離し、下車の体勢を整える。
「桜雅晴政と申します」
電車が止まり、扉が開く。
「一ノ瀬百華です!」
下車する人の流れに乗って行こうとする彼に、自分の名前を叫ぶ。
「ではまた、お会いしましょう」
爽やかな笑顔で颯爽と降りていく彼の姿に、胸の中に風が吹く。風が吹いて、私の心をさらっていってしまう。
電車の扉が閉まり、電車が動き出していっても私は人混みの中の彼から目が離せなかった。
人混みの中でもすぐにわかる、彼の高い背。
私が言った通り階段を目指して歩く彼を電車が追い越すとき、彼が私に向かって手を振った。
電車の中の私が見えた? それとも、当たりをつけて勘で? どちらにせよ、彼は私に手を振ってくれたんだ。
嬉しくてたまらなかった。
「おうが、はるまささん……」
彼の名前を口の中で転がす。甘い甘いキャンディーのような味が口の中に広がるようだった。
今度の土曜日。十五時に、出会ったあの駅で。
担がれただけかもしれない。本気にしてのこのこ待ち合わせ場所に行ったら、すっぽかされて泣きを見るだけかもしれない。名前を聞いただけ。連絡先も交換していない。でも、私の頭の中は土曜日なにを着ていこうかということでいっぱいだった。
いけない。
自分も駅に着いたら降りて、やることがいっぱいあるのに。
まず駅前のATMに寄って、それからスーパーで買い物して、家に帰ったら朝干した洗濯物を取り込んで、晩ごはん作って食べて、ああそうだ。電車と車のカードあの子にあげたから、その分もまた作り直しておかないと。
浮かれてしまう自分をなだめるために、今夜の予定を立てる――立てているときに、ふと引っかかるものがあった。おうがはるまさ……おうが……私のメインバンクは桜雅銀行という財閥系グループのメガバンクだった。
珍しい名前だから、関係者だったりするのかもしれない。曾祖父の甥の姪のハトコのなんやらかんやらが実が社長ですみたいな。
そんなことを考えながら、一人でおかしくなってしまう。
土曜日が楽しみで、こんな気持ちは久しぶりだった。