愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
(けれど、やはり俺ひとりじゃ間に合わない)


 炎は一向に小さくなる気配がない。むしろ勢いを増すばかりだ。タイムリミットが迫っている。長時間この場にとどまれば、一酸化炭素中毒か、炎に焼かれて死んでしまうだろう。


「旦那様! このフロアにいる人たちは全員逃がしました! わたくしは四階と五階に逃げ遅れた人が残っていないか、確認してまいります!」

「……! わかった。けれど、危ないと判断したら迷わず退避しろ。いいな?」


 従業員から聞き取った内容が正しいとは必ずしも限らない。もしかしたら、火の手が上がっているのはこのフロアだけではないかもしれないのだ。


(プレヤさんは……他の魔術師たちはまだ到着しないのか?)


 出動体制を整えるのにはある程度の時間がかかる。わかってはいるが、こうしてひとりきりで炎に対峙していると、普段の何倍も何十倍も時間が長く感じられる。俺一人では炎が大きくならないよう押さえるのが精一杯で、鎮火できるほどの威力が足りないのだ。


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