愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
「クラルテ……クラルテ…………!」


 まさか――――いや、違う。大丈夫だ。彼女は無事だ。絶対に逃げている。だって、約束したんだ。クラルテが俺との約束を破るはずがない。


「クラルテ!」


 ゴクリとつばを飲み、目の前の黒く焼け焦げた建物を見上げる。


(もしもまだ、この中にクラルテがいたとしたら――)


 嫌だ。怖い。
 こんなにも火災を恐ろしいと思ったのは初めてだった。

 クラルテを失うだなんて――ありえない。そんなこと、想像もできない。けれど、もしも彼女があそこにいたら……?


 深呼吸をし、覚悟を決める。震える足を一歩踏み出したそのときだった。


「旦那様!」


 背後から聞こえる俺を呼ぶ声。目頭がものすごく熱くなる。
 振り返り、クラルテの姿を確認したその瞬間、俺は彼女を抱きしめていた。


「クラルテ!」


 涙が止め処なく流れ落ちる。全身の力が一気に抜け、立っているのがやっとだった。
 けれど、クラルテが俺を抱き返してくれる――その確かなぬくもりに、心と体が満たされていった。


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