愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
「旦那様……どうか、どうかわたくしを見ないでください!」


 涙を流しながらクラルテが懇願する。俺はさらに身を乗り出した。


「頭を打ったのか? それとも背中? 俺に見せてみろ。すぐに救護魔術師のところに……」

「違うんです! こんな……こんなみっともない格好を旦那様にお見せする羽目になってしまって! 髪の毛も服もぐちゃぐちゃのボロボロですし、お化粧だって溶けてドロドロになってるはずで! 旦那様にはわたくしの可愛い姿だけを見てほしいって思ってたのに……絶対、こんな姿は見せたくなかったのに! だから、お願い! 見ないでください!」


 クラルテはそう言って、顔を両手で覆い隠す。
 煤にまみれ、破れてしまったスカート。綺麗にまとめてあった髪型も、今ではすっかり解けてしまっていた。

 けれど、俺は大きく首を横に振る。それからクラルテの額にそっと口づけた。


「だっ……」

「なにを言う! クラルテは綺麗だ! 誰よりも、なによりも綺麗だ! みっともないだなんてとんでもない! 俺は君を誇りに思うよ」


 どんなにきらびやかなドレスも、宝石も、絶世の美女だって、クラルテには敵わない。俺にとってクラルテは、なによりも光り輝く、唯一無二の宝だ。絶対に失ってはならない――改めてそう実感した。


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