愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
 もしもクラルテが本気で浮気をしているなら、あんな思わせぶりな態度をとるだろうか? ――――いや、とらない。


 クラルテは聡明な女性だ。
 他人の反応や感情を敏感に察し、それに即して動くことができる。

 もしも俺に対して本気でザマスコッチとのことを隠したいなら、全力で、決してそうとわからないように誤魔化しきったに違いない。

 万が一……いや億が一、俺と別れたいがために、わざとザマスコッチの関係をバラすにしても、こんなまどろっこしいやり方は選択しないだろう。シンプルに事情を打ち明けるはずだ。


 それに――


『ハルト様、好きです! 大好き!』


 クラルテは何度も何度も、俺だけだと言って笑ってくれたんだ。まっすぐに、俺だけを見つめながら。……それが嘘だったなんて俺には決して思えない。


「それじゃ、行こうか」


 しかし、ザマスコッチがクラルテの腰を抱き寄せた瞬間、俺の中の冷静な俺は一瞬でいなくなってしまった。


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