愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
「ええ、ええ。今日はこの間おっしゃっていた火災保険について色々と聞かせていただけたら、と」


 もう嫌だ……表情筋が死んでしまいます。無理やり笑うのも、嘘をつくのも、嫌悪感に耐えるのもキッツイですし、本当に嫌な役回りが回ってきたものです……。


「ここです。ここならハルト様にもバレずにゆっくりお話ができますので」


 ため息を一つ、わたくしはとある建物へとザマスコッチ子爵を誘導します。
 こちらは以前魔術師団が使っていた古びた倉庫です。中にあるのは小さなテーブルと椅子が二脚、それから奥のほうに寝台があります。


「いいところですね」

(いえ、全然)


 こんな場所にこんな男性といるなんて、それが一瞬であっても嫌です。ノーセンキューです。お金を払ってでも拒否したい――ところなのですが、何度も申し上げているとおり、これは仕事。仕事なんですよ!


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