愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
(もっと気遣ってやるべきだった)


 先程の『女心』が云々という話にも通じる部分だが、こういうところがダメなのだと――そう思い知らされた気がする。

 クラルテは俺とプレヤさんとを交互にちらりと見てから、そっと目を細めて笑う。それから、おもむろに口を開いた。


「まだ初日ですから。語れるほどなにもしていないと申しましょうか……午前中はずっと仕事の説明を聞いてました。仕事の説明といっても、勤務体制のことや服務規律のことがほとんどで、今はまだなにも動いていない、という感じですね」


 普段まくしたてるように話すクラルテの、意外な一面。こんな話し方もできるのだと感心すると同時に、俺の胸が小さく疼く。


(俺を気遣ってくれている……んだよな?)


 クラルテは優しい。自分の聞きたいことばかり聞いて、彼女のことをちっとも聞いてやれなかった俺の罪悪感を温かく包み込んでくれる。


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